愛の言葉

= 愛している。誰よりも何よりも、君だけを愛しているよ =





--------------------不釣合いなふたり






「それ」は


私たちを見て


きっと誰もが言う-------言葉


そんなコト、言われなくても私にだって判ってる。



「彼」は大人で------------「私」は、子供




--------------------それでも


あなたは優しい微笑を浮かべ


私に口づけを落として、目眩がしそうな声で-----言葉を紡ぐ






「愛している。--------誰よりも何よりも、君だけを愛しているよ」









                                     愛の言葉






薄闇が辺りを支配する時刻

その闇を跳ね返すように、街全体がイルミネーションに彩られさながら宝石箱のように煌き
冬将軍の凍てつく様な空気を物ともせず、人々はその浮き立つ心そのままに愛する人と幸せな時間を過ごす
----聖なる前夜




「もうっもうっっ!何でこんな時に〜〜っ!!」




そんな一年間でも最も賑やかで、溢れんばかりの人で埋め尽くされるといっても過言ではない街中を
身に纏う薄紅色のポンチョ風のショート・コートを揺らし、一人の少女が焦ったように
それでも、すれ違う人々とぶつからない様に気を使い走り抜けていく。
動きに合わせてコートの襟を縁取る純白のファーが、少女の心を表すかのように不安げに揺れた。

その少女-------元宮あかねは走りながら、自分の腕時計に視線を向けた。
シンプルだが、女の子らしい可愛いアナログ時計の指し示す時刻は・・・・・・


あああああっ・・・・!!約束の時間から、もう1時間近くも遅れているよぉぉ


もちろん、彼に対して遅れるの連絡は携帯電話に入れているが
こんな一大イベントといっても過言ではない日に遅れるなんてっ!!と
思わず泣きたい気持ちになるのを必死で押さえ込み、とにかく足の速度を速めた。

まあ、あかねに「激甘・ベタ惚れ・溺愛」と自他ともに認める彼の事だ。
待ち合わせの遅れなど、あかねの身に何か遭ったのかと心配はすれど不機嫌になる事はないが。

しかしそれでも、あかねの気持ちの方が治まらない
彼はとても忙しい身なのに、あかねの為に時間を苦労して----決してそうとは見せないが----空けてくれたのだから


それなのに遅れるなんて---------自分が許せなかった。






最初の躓きは、自宅を出る時からだった。

出かける寸前になって、履いて行くはずだったお気に入りのブーツの飾りの紐が取れた。
この日の為にと服と合わせた物だっただけにショックだったが、急遽他のブーツに履き替え家を出た。
もちろん、約束の時間の15分前には着くよう余裕を見て予定を立てていたので
その時は予定の時刻より、ホンの数分の遅れだった。

だが世の中には、「こんな時に限って」という間の悪い時が誰にしもあるもので
よりによって、あかねにとってその時がこの日だったのかもしれない。

ことごとく横断歩道の信号に引っ掛かる。
年末の道路工事などで道が迂回路になっていて、遠回り
極めつけは、乗った電車が電気系統の故障で三十分近く立ち往生-------------

この時点で、あかねが約束の時間に間に合うのは絶望的だった。
ようやく駅に着いた電車から出ると同時に携帯で彼に連絡すると


「ああ・・・大丈夫、焦らなくてもよいから。あかねを待つ楽しみが増えるだけだからねえ
---------それよりも、慌てて転んだりしないように気をつけるのだよ?私としてはそちらの方が、よほど心配だね」


くすくすと笑みを含んだ、けれど焦るあかねを気遣う優しい彼の柔らかな声



------------本当は、彼が車で迎えに来てくれると言ってくれたのだ。
だが、当然道路も渋滞するしそんな中を運転するのも疲れるだろうからと、あかねが断って街で待ち合わせにした。
それが裏目に出るなんて
--------------ため息さえ、出ない。


とにかく急ごう!!


皮肉交じりに「恋人達の為にある」とまで揶揄される、この日

すれ違う人々が皆、蕩けんばかりのカップルばかりの様な気がするのもあかねの焦る心に拍車を掛けるが
その大きな瞳で、前方を勇ましく見返して
彼の為に用意した贈り物が入っているバックを持つ手に力を込め、溢れかえる人ごみを掻き分けるように進んで行く。
せっかく整えた髪も服も乱れるが、この際多少仕方が無い。
とにかく今は、彼の元へ急ぐことが先決なのだから



そして---------

ようやく、あかねが息を乱して約束の場所まで辿り着くと





---------------ん???・・・・・・・・・・・あれ?なんか、変・・・・・?






そう、待ち合わせ場所の辺りが何か「変な空気」なのだ。
「変な」というか「浮き足立っている」ような妙な空気が漂っているのが、慌てているあかねでさえ判ったくらいに。


それが気になって急いでいた足を一旦止め、溢れる周りの人々を見ると
男女を問わず、皆が一点に注目しているようだった。
特に----傍に彼氏らしき男性がいるにもかかわらず---女性たちが、うっとりと見惚れた様な表情をしているのが普通ではない。
もちろん女性のグループは言うに及ばず、まるで芸能人でもいるような雰囲気だ。
携帯電話のカメラで写真を撮っている者さえいる。


「うわぁ〜〜〜、凄いイケメン!!写メとろっと!」
「もしかして、モデル?業界の人?」
「そうじゃない?すっごくカッコイイもん!」
「でも、見たこと無いよねえ・・・・・一人かなあ?」
「ええ〜〜、あんなカッコイイ人がイブにひとりなんて、チョーありえな〜〜い!!」
「じゃ、カノジョ待ち?さっきからずっといるよ」
「それこそ信じられない!!あんなイケメン待たせるなんて、どんな女よ!!」


あかねの近くにいた女性達がコソコソと囁き合い、手にした携帯を同じ方向に向けそのシャッターを押していた。
どこか遠くで馴染みのある--------------------物凄く嫌な予感が、した.。


が、それでも思わずあかねも皆に釣られるようにその方向に視線を向ける。




・・・・・・・・・・・・・・・や、やっぱり・・・・・・・・・・・・・




予想に違わずの図に、思わずあかねはがっくりとその場にへたり込みそうになった。




それは、まるでどこかのモデル雑誌-------それも超が着く一流のトップを飾る-----の中から切り取ったような、ワンシーン




男性にしては珍しい、腰近くまである闇色の艶やかな髪が緩やかに波打ち、僅かなビル風に揺れている。
どこか日本人離れした、けれど優雅な雰囲気を漂わせた秀麗な顔立ちに
見るもの全てを虜にしてしまいそうな、深く輝く翡翠の瞳



180センチを優に越す均整のとれた身体にダークブルーのスーツを身に纏い、
誰もが一目で最上質とわかる、漆黒のロング・コートに皮の手袋
オフホワイトのカシミヤのマフラーを無造作に首に引っ掛けただけで、ビルの壁際に立つその姿は
そこだけが見えない壁で仕切られたかのような現実と切り離された、別空間


その証拠に待ち合わせの定番な場所で、他にも沢山の待ち合わせらしき人がひしめき合っているはずの「そこ」が
彼の周辺だけまるで丸く切り取られたかのように、ぽっかりと空いていた。
半径2メートル近くは誰もいない・・・・・・・というより、近寄れないのだ。

女性ならともかく、彼女待ちの男性達にとって
これからせっかく彼女と甘々な時を過ごそうと言う時に、何が悲しくて
同じ男の目から見ても明らかに判る程の「ランク最上類の男」と比べられるような事をしなくてはいけないのか!

そんな墓穴を掘るような真似は、絶対にしないぞっっ!!

-----------と、そこに居合わせた男性達がそう思ったのかはさておき
傍にいた者達が申し合わせたかのように少しずつ距離を置き始め、いつの間にか
まるで彼の為に空けられたかのような空間が出来上がったらしい





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、友雅さん・・・・・・・・・・・・・・・・




ただそこにいるだけで、これほどの存在感を示す人物をあかねは他に知らない


「橘 友雅」


遥か時空を越えて、ただ愛する者の傍にいる為だけにそれまでの全てを捨ててきた-------人

基本的な生活のベースは「竜神の加護」があったとはいえ、驚くべき順応性でこの世界に溶け込み
着実にあかねを自らのモノとするありとあらゆる努力(?)を惜しまないその姿勢は、
彼を---あかねに関する限り---「敵」と見なすあかねの親友達でさえ、一目置くほどである。

向こうの世界でも彼は一際目を惹く存在ではあったが、それはここでも衰えることは無い。
いや、時を重ねた分だけそれは一層強くなっていくようだ。


----------あ〜〜んっ!!近寄れないよっっ、友雅さん!!


これまでの焦った気持ちとはまた別の意味で、あかねは泣きたくなった。
友雅にとってはこの状況など日常茶飯事のことなので、当の本人は全く意に介さず飄々としているが
これだけ視線を浴びている中で、彼に声を掛ける勇気などあかねには全く無かった。
この状況で出て行けるとすれば、かなりの強心の持ち主としか思えない

しかし、このまま躊躇していても事態は益々拗れるばかりだろう。


・・・・・・・・・・・・・あ、ここから少し手を振れば判ってくれるかなあ・・・・?それとも携帯に電話して・・・・


あかねが物凄く消極的な考えを思いつき、実行に移そうかと友雅の方に視線を移したその瞬間だった。


「橘さん」


あかねの知らない女性の声がその場に響き、その場の視線が一斉に声が発せられた方に向いた。
えっ?と同じように視線を向けたあかねは、一瞬息を呑んだ。

綺麗な人・・・・・

------------その女性は、一言で言えば「大人の女性」だった。

年齢は20台半ばあたりか
胸辺りまである少し茶に染めた髪をゴージャスに巻き、華やかな顔立ちに一遍の隙もない完璧な化粧
手間とお金を惜しまず磨き上げた抜群のプロポーションに、それを強調するかのような有名なブランドの艶やかな服とバック
おそらくネイルサロンで施されたであろう飾り立てた美しい手と魅力的な胸元には、本物の光を放つ宝石

どれをとっても、あかねとは全く対極の位置に立つ美しさを持つ美女といってもよかった。
彼女は沢山の視線を浴びても全くひるむことも無く、反対にそれが当然のように受け取り
まさしく女王の風格を漂わせ、ヒールの音をたててゆっくりと友雅へ近づいていった。
声を掛けられた友雅も、一瞬戸惑った表情を見せたもののどうやら知り合いだったらしく、口元に笑みを浮かべている。
そして女性は、まるで周りに見せ付けるかのように友雅の腕に手を置き親しげに話しかけていた。



「もしかして、あの人が彼女?うわっレベル高っ!」
「ちぇ・・・・・やっぱり彼女持ちかぁ、残念」
「ん〜〜〜〜まあ・・・・お似合いかなぁ」
「そうだね、ちょっと決まりすぎている感もあるけれど・・・あれだけのイケメンだし〜〜?」
「そうそう、私らにはレベル高すぎ!」
「じゃ、私達に合ういい男を合コンででも見つけに行こうかっ!!」
「賛成〜〜〜!!」



わっと笑い声を発てて、もう既に別のことに興味を移した賑やかな集団はあかねの傍を通り過ぎて行く。
そんな彼女たちの声をどこか遠くに感じながら、あかねはその場から凍りついたように動けなくなっていた


親しげに会話を交わす男女の光景
それは、誰が見ても「大人の恋人同士」--------------決して「今のあかね」ではできないコト
そして心の奥で、いつも恐れていた光景
あの女性なら、友雅の隣にいても「不釣合い」などといわれることも無いだろう

心臓を見えない針がちくちくと突き刺し、あかねは無意識に片手で胸元を握り締めていた。

この時点で、あかねは完全に混乱していた。
時間に遅れていることも、友雅に声を掛ける事なども吹き飛んでしまっている。
ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。



どくどくと、強く打ち付ける心臓

霞掛かったようにぼやける、視界



っ・・・・・・・!!



あかねが、胸の奥底から湧き上がってくる苦い何かに押し流されようとした瞬間



「元宮っ」


ポンっといきなり背後から肩を叩かれ、名前を呼ばれたのだ。
驚いてあかねが振り返ると
「麻木君?」
そこにはあかねの高校のクラスメイトの麻木俊が、はにかんだ様に笑って立っていた。

明るくてクラスの中心的で、サッカー部に所属し女子にも人気のあるいわゆる爽やか系男子
あかねも比較的話をする、仲の良い男子だった。
その後ろには、男子10数名。何人かはあかねも見知った顔があったので
反射的にあかねがその方へ軽く頭を下げると、相手の子達も笑いながら返してくれた。。

「どうしてここに?」
あかねが改めて麻木を不思議そうに問いかけると、麻木は笑いながら後ろを親指で指した。
「部の連中と、遊びに来てんだよ」
「ああ・・・・麻木君、確かサッカー部だったよね」
「ああ。せっかくのイブだし、独り者の仲間同士でパーッと盛り上がろうっって出てきたんだけれど・・・元宮こそ、こんな所で何やってんだ?」
「えっ、わ、私?・・・・・えっと・・・・その・・・・」
麻木の質問返しに、あかねは言葉につまり視線が揺れる。
そんな落ち着かないあかねの様子に、麻木は少し迷ったように続けた。
「・・・・・もしかして・・・彼氏とデート、か・・・・?」
「っ?!」
いきなりの核心に迫る言葉にあかねが驚いて麻木を見ると、微かに頬を染め片手で前髪をかき上げて照れくさそうに言った。
「あ、いや・・・・・・・・その、凄く可愛い格好してるからさ・・・・」
「え!?」
思いもかけない言葉に、瞳を大きく見開いて麻木をみるあかねに
「あ、って、いやもちろん格好だけじゃなくて、元宮もすごく可愛いぞっ!!」
思わずといった勢いに押されるように、ワタワタと真っ赤になりながら焦ったように麻木がそう叫ぶと
後ろにいた他の子達から、わっと面白そうに囃し立てる口笛と言葉が上る。

「おおっ言うじゃん麻木!」
「さすがモテル男は言うことが違うね〜っ!」
「よ、色男っ!」
「いいぞ〜〜!!」
「うるせぇよっ、テメーらっっ!!黙ってろっ!!」
麻木が騒がしく囃し立てる仲間を振り返って大きく一喝する。しかしそれでも仲間は気にした風も無く笑い合い
軽く殴る真似などしあったりしているが、それは信頼しあった仲間達のじゃれ合い。
あかねはその仲の良さに、今はもう逢えない次元の仲間達を思い出し懐かしい思いでふわりと微笑していた。

「あっ、そ、その・・・・・・・・ごめんな、変な事言って・・・・」
ひとしきり騒ぎあい落ち着いたところで、まだ茹で蛸のように真っ赤になったままの麻木が頭を掻きながら申し訳なさそうに言う姿に、あかねは思わず笑みを零していた。
「ううん、そんな事無いよ。」
「そうか?ならいいんだけど、さ」
「うん。私ね・・・・・・・・嬉しかったよ?・・・・・・・・有難う」

それは、あかねの正直な気持ち
女の子なら、誰だって褒められれば嬉しい-------それもあんな場面を見た後なら、なおさら。
「今のあかね」を認めてくれるような気がする、から






----------決して追いつかない、追いつけない


彼の傍にいる事が不自然な「今のあかね」・・・・・・・・・例えば、これが同級生の麻木の隣なら。


今のままのあかねで・・・・・・・イイのに






「元宮?」

不意に黙り込んだあかねの肩に、麻木が片手を置こうとした---------その一瞬、前

「うおっっ?!」

突然、横から二人の間を遮るように差し出された皮の手袋に包まれた大きな手に
麻木はまるで強い静電気でも起こったかのような衝撃を受け、瞬間的に手を引いた。

割り込んだ手が、特別乱暴な仕草だったのではない。
それどころか、どこか優雅な動きを思わせる緩やかな動作でさえあった。
もちろん突き飛ばされた訳でもない。お互いの手が、触れてさえいないのだ。
ただ、見えない何かに弾き飛ばされたような気がした。

な、なんだあ・・・・?

麻木は、思わず自分の手を呆然と見つめてしまった。
そして





「あかね」





---------例えれば闇色の絹のように柔らかで艶やかな、声

決して大きくは無い、けれどよく通る低い-----聴いた者全てを虜にしてしまう極上の声が、甘みを帯びて響き渡った。
場違いとも思えるその声がしたほうに麻木達の視線が集まる
が、その途端思わずその場の者皆が間の抜けたような表情になってしまった。

いつの間にかあかねと麻木の間に現れた、一度見たら決して忘れられないような艶やかな華のような男



--------------翻るロングコートの裾
緩やかに長引く艶やかな髪
まるで大切な姫を守るように差し出された、腕

どれをとっても、現実離れした映画のような光景



「と、友雅さん?!」
驚いて自分をを見上げるあかねに、友雅は華の様な微笑を浮かべた。
「遅かったから・・・・心配したよ?」
「あっ、ご、御免なさい・・・・・遅れちゃって・・・。本当にごめんなさいっ!!」
「ああ、気にせずともよいのだよ・・・。それよりも、急いで転んだりしなかったかい?」
「は、はい。大丈夫です」
「そう・・・・・、それはよかった。あなたが焦って怪我でもしたら・・・と心配でたまらなかったよ」
そう言ってさり気なく片手であかねを抱き寄せ、髪に軽く口づけを落とす。
が、急に気づいたように嵌めていた手袋をするりと外すと、、華奢なあかねの手を取り指先に唇を寄せた。

「ああ・・・やはり、直にあかねの体温を感じたほうが良いね」
そのあまりにも自然で当然のような仕草に、誰もが見とれて声も出ない。
された当の本人だけが、恥ずかしさのあまり熟れた林檎のように真っ赤に頬を染め
「友雅さんっ!」
友雅の腕の中で叫ぶが、友雅はどこ吹く風。腕の中で慌てる可愛らしい恋人の髪に、また掠めるように口づけひとつ
そして、そのまますうっと視線だけが動き


「・・・・・・・・ところで、彼らは?」


あかねに対しての甘く優しい声とは裏腹に、その深く光る翡翠の瞳が冴え冴えと凍りつくように麻木達を見つめていた。
まるでしなやかな美しい肉食獣を思わせる視線で見据えられ、全身が総毛立つ

それは、初めて感じる----------「恐怖」

小説や漫画の中でよく使われる「殺気」というものを、肌で感じた瞬間。
この平和そのままの日常で経験するなんて想像さえしなかった、背筋が凍りそうな「怖さ」
指一つでも動かせば本気で斬られそうな視線に、麻木達は何も口に出来なかった。

「あ、あのね友雅さん!彼ら、同級生なの。今たまたま会って・・・」
あかねの方が慌てて説明するが、友雅は視線を放さない
「・・・・・・・・ふうん・・・・・そう、同級生・・・・」
小さくそう呟き、それからうっすらと微笑んだ。

「-----------あかねが、いつもお世話になっているようだねえ・・・・。これからもよろしくお願いする・・・よ?」

口調の柔らかさと微笑みの美しさに反して、少しも笑っていない瞳の冷たさに一瞬にして麻木達は引き際を知った。
--------人の持つ本能的直感、忌避回避能力と言ってもいい
「あ、い、いいいいいえっ!!じゃ、じゃあなっ!元宮っ」
「あ、麻木君っ?!」
早口で言い捨ててあかねの返事を待たず、ギクシャクとまるでその場から逃げるように立ち去る麻木達。
その後姿を見つめながら、
「・・・・・もう、麻木くん達びっくりしていたじゃないですかっ」
「おや、私は何もしていないけれど?」
くすくすと悪びれない笑みを零して愛しい恋人の顔を覗き込む彼に、あかねがむうっと眉を顰めた。






「・・・・うひょ〜〜、マジびっくりしたぁ・・・」
「っつか・・・・、あれが元宮の彼・・・?」
「どう見てもすっげえ年上だろ?それも、ただのリーマンじゃないよな」
「だよなあ〜。こええ・・・」
「マジかないっこねえって、あれだけのイケメン。・・・・・・・・・なぁ、俊?」
「ほんと〜に残念だったなぁ。」
「・・・・・・・・・・・うるせえよ」
「おっ、落ち込み気味?んじゃ、これから俊を励ます会でもぱ〜〜〜と行きますか?!」
「おうっ!賛成〜〜!!せっかくのイブだし〜?」
「そうそう、落ち込んでないで行こうぜっ!!」
「誰が落ち込んでんだよっっ・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ奢れよ、てめーらっっ!!」






----------------いいんだよ。・・・・・・・・初恋は実らないって相場が決まってんだから、さ








「----------友雅さんの方こそ・・・いいんですか?」

通りに並ぶ店から微かに定番のクリスマスソングが響いてくるのをBGMに
ようやく落ち着いて二人が並んで歩き始めてから、あかねがポツリと言った。

もう闇が支配する時間だが、煌くイルミネーションが辺りを照らし続け
人々の波は途切れることも無く、それどころかこれから益々増え続けるような気配だった。

「何がだい?」
「・・・・・・・・・・お知り合いの人と、話をしていたんじゃないんですか?」
「お知り合い?」
「・・・・・・・・・・・綺麗な女の人と・・・・・話を、していたから・・・・・」
決して友雅のほうを見ないように前を向いたまま、あかねは搾り出すように小さな声で呟く。

ただそれだけなのに、何か苦いものがあかねの咽喉の奥で悲鳴を上げる

その言葉に、友雅はようやく思いついたように軽く苦笑した。
「ああ、先程の・・・・・。-------あの女性は、取引先の社長令嬢でね。まあ、顔見知り程度なのだが・・・・
あかねの同級生達と同じように、私もたまたま会って----少し話をしただけで・・・・・」
微かに首をかしげ、隣のあかねを覗き込む。
さらりと友雅の髪が肩から流れ落ち、翡翠の瞳が何もかも見通すようにあかねを映し出していた。

「あかねが思っているような事は、何もないのだよ?」
「----------やだなあ、友雅さん。・・・・・・・心配しなくても、もちろん判っていますよ?嫉妬なんかしませんってば」
無理やり笑って友雅から視線を逸らした先の通りのショウ・ウインドウに映る二人は、あかねの目にはどこかちぐはぐに見えた。







これは、嫉妬



・・・・・・・・友雅さんの隣に相応しいあの人に嫉妬している、だけ



今の私では、こうやって並び立ってもあんな風には見られないから






自分なりに精一杯オシャレをしてきたつもりだったが、大人と子供
保護者と被保護者にしか見えない

-------------私は、本当にこの人に「相応しい」のだろうか




「あかね?」




うすぼんやりとウインドウを見つめるあかねが
ああ・・・・・友雅の声が、まるでベールの向こうから聞こえるような気がする
そう思った瞬間、あかねの身体はふわりと宙に浮いていた。

「え、あ、友雅さん?!」

驚くあかねの問いかけにも無言のまま、友雅があかねを子供抱きに抱いて早足に通りから脇に入った路地裏へ入り込むと、人々の喧騒が遠ざかりその分暗闇が増した。

「友雅さんっ、何を・・・?!」

慌てて友雅の首筋へ手をやり身体をささえるが、友雅は何も言わない。
その表情も薄闇に隠されてはっきりとはしない為に、あかねは友雅の突然の行動に戸惑っていた。
そうして表の通りとは欠け離された人通りの途絶えた場所へ来ると、友雅はようやくあかねをその腕から降ろす。

そして友雅は両手であかねの頬をそっと挟み、自分を見上げさせるように軽く持ち上げた。
「--------ねえ、あかね。」
決して無理やりではないが、否やは無しの仕草にあかねは抵抗もできない
そうやって見上げる友雅は、どこか苦しそうな表情をしていた。

「・・・・・きちんと、言葉にして教えて?」
「え・・・・?」
「そうやって何も言わず、全てを飲み込んでしまうのは・・・・・悪い癖だね。--------ねえ、神子殿?」
懐かしい呼び名を口にして苦笑する友雅に、あかねの身体が微かに震えた。
「---------なに、も・・・」
そう呟いて、惹き込まれそうな深い翡翠の瞳に思わず瞳を閉じたあかねの瞼に口づけを落として友雅は囁いた。

「嘘は駄目・・・・・それが全てではないけれど、言葉にしなければ伝わらないものもあるのだよ?私は・・・・貴女の本当の言の葉を聞きたいね。・・・・・・・・だから教えて・・・・・ねえ、あかね?」

まるで媚薬のように身体に広がる友雅の声に、あかねは泣きそうになった。
「・・・・・・・・・・でも、言ったら友雅さん、きっと呆れちゃうからっ・・・!」
「大丈夫・・・・・・・言ってごらん?ここなら誰もいないから---------それに」


今宵は、聖なる日に準ずる夜
-----------------------きっと、神も目を瞑ってくれる


「---------------だっ、て・・・私」





勝手に嫉妬して

本当は、貴方を独り占めしたくて

でも

自分はこんなに子供で我が儘で





瞳を閉じたまま震える声であかねがそう言うと、くすくすと空気が揺れた。
「ああ・・・それならば、私もあかねに呆れられてしまう・・・かな?」
その言葉にあかねは驚いて瞳を開くと、友雅は口元に笑みを浮かべあかねを見つめている。
そして、あかねの後頭部へ手を添えて優しく引き寄せたあかねの唇へ、自らの唇を重ねた。

「とも、んっ・・・」
あかねの甘い声が漏れ、それに煽られたかのように友雅は蕩けそうな深い口づけへとあかねを導く。
友雅は何度も角度を変えて口づけを繰り返し、あかねを翻弄した。
甘すぎる口づけの連続にあかねの手が友雅の背に廻され、縋るようにコートを握り締める。

そうやって何度目かの深い口づけの後、友雅はあかねの耳元で囁く
「・・・・・・・・私もあかねを独占したくて、たまらないんだよ?」
「え?」
「貴女が思うほど、大人は大人じゃない・・・・・ってコト」





------------あの時

同じ年頃の男と楽しそうに話しているあかねを見て、相手の男を八つ裂きにしたいと・・・・・・・思った。

私といる時よりも楽しそうで

それは、とても眩しくて暖かで----------友雅を置き去りしていく光景

体中を駆け巡る焦燥感と苛立ちと、怒り


------私のモノ、だ

あかねは私のモノなのだから・・・・・・・渡さない・・・・・っっ!!


だから

自分の半分しか満たない、まだ子供といってもいいくらいの年齢相手に本気で渡り合った。





「うそ・・・」
友雅のらしくない余裕の無い言葉に、あかねはそれしか口に出来なかった。

こんな風に思っているなんて思いもよらなかったと、その表情は正直に表している
そんなあかねの目元に唇を寄せて、甘い囁きを繰り返す。

「嘘じゃない。-------これで判っただろう・・・?言葉にしなければ伝わらないって・・・だから、あかねも自分の言葉にしよう?・・・・・・他人の言葉に惑わされるよりも、互いの想いを言葉にして重ねあっていけばいいから」





嬉しい言葉も


優しい言葉も


悲しい言葉も


たとえ、それで傷つけあったとしても

それでも、それは互いを想う形と知っているから



愛しいと心を重ねあう想い----------そうして、あなたをもっともっと好きになる





心からの------------愛の言葉を、互いに愛しい人へ紡ぐ





「愛しています。-------貴方だけを」
「----------愛している。誰よりも何よりも君だけを、愛しているよ」













こ、こんなものでいいのでしょうか・・・・力不足を痛感いたしましたorz
星降る闇 / 星降咲夜 様