1/f ゆらぎ

= キャンドル・君しかいらない =






白雪を追って、この世界に来たことへの後悔はないが…時々この世界の何もかもが酷く
煩わしく思うときがある。




「…なんとも、賑やかなことだね。」




基本、プライベートな時間にTVはつけない。
一方通行で押しつけられるような騒がしさは、友雅の好みに合わない。
ただ、現代っ子の恋人が見るからつけるだけ。

TV画面では、煌びやか…というより、友雅にすれば、目にうるさいだけのイルミネーションを
女子アナが自分のものでもないのに、誇らしげな表情で紹介している。

辟易している男の隣で、年若い恋人は目をキラキラさせながら画面に映るイルミネーションを
見つめ口を開く。




「そりゃぁ、もうじきクリスマスですもん。」


「…クリスマスねぇ」




画面に広がる光の洪水。

直接見ているわけでもないのに、酔いそうになる。

そもそも、夜は暗いものだろう?
確かに明るいことは便利かも知れないが、便利すぎて夜までも仕事の時間にしてしまうほどだ。
夜は自分の時間であり、恋人と過ごす時間であり…暗闇の中、探り合うのも情緒だというのに、
まったくもって便利すぎて不便な時代である。

明るい光の中、恥ずかしがる恋人を可愛がるのも…それはそれで楽しいのだが…
相手の表情も伺えない中で、数少ない情報を頼りに高めあうのも…いい、んだがねぇ。

この世界は、本当の暗闇というものが無い。

部屋の電気を消したくらいで訪れる暗闇など、本当の暗闇ではない。

消したところで…
密かに光を放ち続けるデジタル時計の光量。
ふとした場所に使われている、闇でも光る夜光塗料の煩わしさ。
窓の外から忍び込む街灯の光。

人工的な光は、友雅の精神をゆっくりと疲弊させていく。

時折、酷く京の闇が懐かしい。




「…この世界は…昼も夜も明るすぎて…私などは、気後れすることだね。」




友雅は、なんとも言い難い焦燥に襲われ、誤魔化すように深くリビングのソファーに腰掛ける。
ひとつ、大きく溜息を吐き、背もたれにべったり身体をそわせ伸びをしてみせた。
そんな男の焦燥を察知して、あかねは少し反省する。

友雅さんが、私と一緒に、『私の世界に』来てくれたことが嬉しくて…満足し甘えていた
自分に自己嫌悪。

この世界は、京とは比べものにならないくらいの早さで日々が動く。
時に、現代人であるあかねすら戸惑うほど、この時代の流れは目まぐるしい。

そんな世界に、元来器用な友雅は、涼しい顔をして対応しているように見せているが、
だからといって疲弊しないわけ無いのだ。



あかねは、思う。



友雅さんに、私がしてあげられることってなんだろう。




折しも、もうじきクリスマス。

恋人がサンタクロースだなんて、恥ずかしくて口には出せないけれど…
ちょっとでも大切な自分の恋人を、喜ばせ癒してあげることは出来ないだろうか。




「ねぇ、友雅さんが欲しいものって何かある?」




まだ学生である自分が、自由に出来るお金なんてたかが知れているけれど、それでも
なにか喜んでもらえるようなプレゼントがしたかった。

友雅は、あかねの言葉を受けて、自嘲的な笑みを唇に浮かべる。

まだ年若い恋人が、自分の焦燥を察知し案じていることが、伝わってきたから。




「君がいればいい」




ただ一言友雅は口にして、これ以上余計なことは質問しないでくれとでも言うように、
あかねの細い肩を抱き寄せた。
友雅の胸にそっと頬をぶつけ、不満げな溜息を吐くあかねの様子が、触れた胸を通して
伝わってくる。
恋人が自分を案じてくれての不満だと分かっていても、なにやら弱い自分を見つけ、突き
つけられたようでいたたまれない。

これくらいの焦燥は覚悟の上だったはず。
そんなことはどうでもいい。
確かな思いは、『君しかいらない』だ。


ただ、正直言えば驚いてはいる。
自分の中に、故郷を懐かしむような感情が思い描いていた以上にあったことを。

少しだけ胸の奥がキリリッと締め付けられ狭くなるような感覚に、慣れることがない。
だが、これも愛しい人と出会い、寄り添い生きていく証なのだと思えば…それもまた愛しい。

そして、あかねの髪に顔を埋める。
自分の中に燻る焦燥を薄めるために、大きく少女の髪の香りを吸い込んだ。

柔らかな体温を伴うその香りは、不思議と…恋人と引き替えに捨てた世界の気配がした。

















「後悔しているのかなぁ…。」


「誰が?何を?」




近頃出来たばかりで、オシャレでお値段もお手頃な雑貨がそろうセレクトショップで、
蘭とショッピングしている最中、ふと漏らした一言。




「んー、友雅さんのこと。私の世界に来ちゃったこと後悔しているのかなぁ〜って。」


「はぁ?あかねちゃん専用のたちの悪いおっさんストーカーに限って、それはないわ」


「…蘭ちゃん…オッサン発言は酷くない?」




あかねの言葉を鼻で笑い飛ばし、発言撤回する気はないことをアピールしつつ蘭は話を
続ける。




「何?あの男、『こんなはずじゃなかった』とか、『ボク、京の世界にかえりたーい』とか
言い出したの?」


「いや、そう言う訳じゃないんだけど…。」


「じゃ、なんであかねちゃんは、『オッサンが後悔している』って思ったの?」




あかねは、オッサンって呼ばないで…と注意しようとしたが、無駄だと即座に判断し流す
ことにした。




「なんとなく…疲れている…って感じで…」


「ああ、なるほどね。」




訳知り顔で蘭は頷いている。




「でもね、あかねちゃん。疲れているからって、それイコール後悔している、にはならないん
じゃない?」


「んー…それはそうなんだけど…。」




そもそもね…と、納得していないあかねに蘭は続ける。




「あの男なら、それすらテクニックよ。いーい?油断しちゃダメ。むしろ、喜々としてその
『疲れている私』を武器に、あかねちゃんに対して無理難題を言ってくるわよ。」


「無理難題って…」


「甘い顔見せちゃダメよ?言っておくけど、『選んだのはアノ男』なんだからね?」


「…」




納得しかねる顔で黙りこくるあかね。

とにかく今は、友雅さんへ渡すクリスマスプレゼントを考えなきゃ…。

疲れた恋人を癒せるもの……、さて、何がいいだろうか。




















一体何があった?





友雅は違和感にキュッと胸が縮む。

あかねは、イブは恋人と過ごすのだと言っていた。
仕事で遅くなると告げると、私より早くマンションに来て待っているからと、嬉しそうに
言っていたのに。




イブの23時。




仕事を終えて帰ってきた友雅は、玄関を開けた瞬間、マンション内の暗さに立ちつくす。




暗い=人がいないということ。




あかねは、まだ来ていないのか?




そう思うように務めても、時間が時間だ。
「なにかあったのかもしれない」という不安が上回り、冷たい汗が額に滲む。

あかねの携帯にかけてみようか。




声が聞きたい。
この不安が杞憂だと思いたい。



艶やかに光るブラックの薄い二つ折り携帯を、パクンと音を立てて開いたときだった。

微かで柔らかいハーブの香りが友雅の鼻を擽っていることに気が付く。


よくよく感覚を研ぎ澄ましてみれば、奥のリビングから気配がする。




なんだ、来ているんじゃないか。



思わず安堵の溜息が漏れる。
まるで、誰もいない暗がりを怖がっていた子供が、母親を見つけて安堵するような自分に
改めて気が付く。



こんな時、いつも途方に暮れる。



あかねの存在が、自分の中で大きく育ち続けていることに恐れすら抱く。
いつも、これ以上大きく育ちようがないと思っているのに、日に日にその限界を超え続け
るのだ。





「君がいればそれでいい」





小さく呟いて、自嘲的な笑みを唇に乗せ、ドアノブに手をかけた。




「……」




部屋の様子を見て、友雅は言葉が出てこなかった。


電気がついていない部屋の各所に、大ぶりのキャンドルが数本灯されている。
キャンドルの炎が、不思議なリズムで揺れ、独特な空間を作っていた。




「おかえりなさい。友雅さん。」


「あ…ああ、ただいま。」




その後、言葉が続かない。




この部屋の空気が、
密かに薫る香りが、

……酷く胸に染みるのはなぜだろう?

なんだ?
胸に染みる、この感覚の意味が分からない。
少しだけ…懐かしくて胸の奥が狭くなるような…。





「ねぇ、なんだか懐かしい感じがしませんか?」




あかねが発した言葉が、自分の中に沸いている疑問と同じで驚く。

あかねも、そう感じているのか?

軽く目を見開いて、少女を見る。

そんな友雅を見て、ますます笑みを強くしてあかねは口を開いた。




「暗闇の中、ろうそくの炎だけ…。京の夜を思い出しませんか?」




ああ、懐かしいと感じたのはそのせいか。

それまで詰めていた息を、そっと吐く。

なぜか今夜は、自分のペースが掴めない。
揺らめく炎に照らされた少女の顔が、驚くほど大人びて見える。
…息を潜めて蝶の羽化を見守っているような感覚に襲われた。


また、京の夜を彷彿させるロウソクの灯りの中での逢瀬は、京の姫君や名うての女房の
元へ忍び、恋のさや当てに興じていた夜をも思い起こさせ、少々胸の辺りがざわめい
てくる。

そのざわめきが、本命である少女に対してのバツの悪さ故のざわめきか、
それとも、自分自身…恋の戦闘態勢に入った故の高揚なのか判断つきかねる。


とにもかくにも、ロウソクの灯りに照らされる少女はいつも以上に危うい魅力で
…正直、たまらない気分にさせた。


少し、自嘲的な笑みを漏らし、自分の心の変化を誤魔化すように話題をふる。




「この香りは?」




あかねは、少し笑って




「これね、アロマキャンドルなんです。いろんな種類のアロマキャンドルがあったん
だけど、これが一番『和』の香りっぽかったから…。これなら…友雅さんを、より
癒してくれるかな?って。」


「私を癒す?」




ドキリとするよりも、ヒヤリとした。


少し疲れていた心を見透かされたバツの悪さ、そしてスルリと自分の心に触れてくる
少女の、無意識だろう手管への恐怖。



まったく……、これ以上、私を虜にしてどうするつもりなのか。

空恐ろしい。




「癒すとは…どうして…?」




ようやくの思いで口から出した声は、思った以上に掠れていた。




「…友雅さんに、何かクリスマスプレゼントしようと色々考えたんだけど…」




少しうつむいて口を開く少女の横顔を、優しいのか、妖しいのか判断がつかない
灯りが、相変わらず不思議なリズムで照らしている。
間近で見たくて、ゆっくりとした足取りで少女が座るソファーに近づく。

友雅が隣に座ったのを確認して、あかねは話を続けた。




「お金がある訳じゃないから、友雅さんに似合いそうな高価でお洒落なものなんか
買えないし…だけど、私しかできない、私しかプレゼントできない特別なものって
なにかあるかな?って、考えてみたの。でね…」




柔らかい少女の声と、フワフワと揺れるロウソクの炎と、辺りに漂う森の中を思わせる薫り。
すべてが奇跡のように合わさって、男の心をフワリと包む。

密やかで、神聖な空間に身を浸している気分だ。




「この間、この世界の夜が苦手みたいなこと言っていたでしょ?…もしかしたら、
この世界に来たこと…少し…ほんの少し後悔しているのかなぁ〜って思ったの。」


「それは、ちがっ…」




反論しようとする男の唇にそっと指先で触れて、少女は続ける。




「違うかも知れないけど、でも、聞いて。別にね、友雅さんが後悔してもいいの。
そんなこと責めないよ?いくら後悔したって、そんなの当たり前だと思うもの。」




あかねは、言葉を塞ぐために当てられた指先を、友雅の唇からそっと外す。
友雅は、その指の行き先を目で追った。
あろうことか、男の唇を塞いでいた指先で、あかねは自分の唇の上をなぞるようにして
みせたのだ。




「!!」




知らず知らず、男の喉が鳴る。




「後悔してもいい…どんなに後悔したって…もう、友雅さんは帰れないんだもの。」




男の喉が、ますます干上がっていく。



聖なる夜に、友雅を虜にする魔女が現れた。
男は、ヒヤリとしたものを感じるのと共に、してやられた、とも思う。




「帰してあげないもんっ。だから…その代わり…この世界の夜が嫌いというなら
…京の夜に、似るように工夫して友雅さんにプレゼントしたいって思ったの。」




確かに、ロウソクの灯りのみの夜は、酷く京の夜を思い起こさせる。




「キャンドルの炎の不規則な揺らぎって、癒しの効果があるんですって。
今夜は、キャンドルの明かりだけで過ごす癒しの夜を友雅さんにプレゼント。」




悪魔の告白で始まって、天使の微笑みで終わる少女のプレゼントに軽く目眩。


少女の口から改めて「帰さない」と独占される喜びと、密かで神聖なる炎揺らめく
二人秘密の夜をプレゼント…とは、今の自分にとって、これ以上のものはないではないか。



本当に、この子は怖い娘だ。




「プレゼント…ありがたく頂戴するよ。」




艶やかに微笑んで立ち上がる。




「よかった。」




ホッと安心したように息を吐くあかね。
しかし、いきなり立ち上がった友雅に、少し不安げな視線を男に投げる。




「な、なに?急に立ち上がって、どうしたの?」




その問いには答えず、室内に飾られたいくつかのロウソクの中から、一番あかねから遠い
ロウソクの元へ男は歩き出す。




「一つ確認したいのだが」


「なんですか?」


「このプレゼントには、もちろん…オプションが付いているのだろうね?」


「は?」




一番離れたキャンドルの側に立ち、意味ありげな視線を少女に向ける。




「いや、言い方を変えよう。この素敵なプレゼントのお返しに…。」




軽く腰をかがめて、ロウソクの炎を一息に消した。
友雅の側にあった密かな光が消え、男の表情があかねからは伺えない。
いくつかのロウソクのうちの1本が消えただけなのに、あかねは少し不安に襲われ微かな
身じろぎをする。
友雅がそれを見逃すはずもなく、楽しそうに笑いながら、男から少女へのプレゼントを
提案した。




「せっかく京の夜に似せた環境をあかねがプレゼントしてくれたんだ。君に、京の夜の
楽しみ方を教えて差し上げよう。」


「き、京の夜の…楽しみ方って?!」




友雅は、ニヤニヤと笑う。




「なに、ゲームのようなものだよ。君が知るように京の夜は視覚を完全に封じる程の闇に
包まれる。頼りになるのは…このロウソクのような小さな灯りだけ。」




歌うように話しながら、友雅は、ゆっくりゆっくり部屋の中を移動し、灯されたロウソクを
一つ一つ消していく。




「視覚の情報が得られない中で、相手が密かに伝えてくる情報を視覚以外の感覚で
とらえ、相手をより溺れさせ高めあう…大人の遊技だよ?」




また一つ、男は、ロウソクを吹き消す。
消える瞬間、大きく揺れる炎の様は、これから自分に訪れる快楽の波を思い起こさせて
…軽く身震い。


そう言えば、炎が不規則に揺れるリズムは、生体に快感を与えるリズムだと聞いたことがある。
この場合の快楽と、自分が期待する快楽の意味合いは違うと分かっているが、今の状況の
引き金を思えば、あながち間違いではないのかも知れない。

友雅は、そんな自分勝手な解釈を、心の中で楽しんだ。



キャンドルを1つ消すたび訪れる闇と同じ速度で、あかねとの間合いを詰めていく。



最後の一つ。
あかねの目の前にあるキャンドルのみとなったところで、プレゼントという名を借りて
悪企みを打ち明ける。




「京の夜を…闇夜の逢瀬を…楽しみ方を、君にも教えてあげよう。」




あきらめとも、期待ともとれるため息が、少女の唇から漏れた。

確信を込めて、最後の誘いを口にした。




「きっと、君も気に入ってくれるはずだ。」




炎の作り出す揺らぎは、生体に快感を与えるリズム。


君がプレゼントしてくれたキャンドルナイトのお返しに、今度は私が快楽のリズムを君に
プレゼントするよ。





最後の炎が消え、男にとって…懐かしく濡れるような闇が二人を包んだ。














                                     おわり



今回チョイスさせて頂いたのは、クリスマスには欠かせない「キャンドル」。
とってつけたように、「君しかいらない」というモエ台詞も入れさせても
らいました。
タイトル「1/f ゆらぎ」は、
【川のせせらぎやそよ風など自然界に見られるリズムのことで人間の鼓動も
同じリズムを刻むことから、生体に快感を与えるリズムとして知られ、
ヒーリング効果がある】とのこと。キャンドルの炎のゆらぎも、このリズムに属する
らしいです。なるほど、ロウソクの炎って、ついつい見入っちゃうことあるなぁ〜なんて
思いながら作ってみました。話の後半、かなりタイトルに偽り有り…な感じになって
しまいましたが、スルーして下さい。orz
ほら、友雅さんが癒される方法っていうのは、やっぱりあかねちゃんとの
いちゃいちゃに勝るものはないということで…。(笑)
当初、「ロウソク揺らめく夜に癒される友雅さん。ほんわりした二人」な、
話に仕上がるはずだったんですが、どこをどう間違えたのか…。
話の着地点を見失った感ありありですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
青の王様/ちか