『竜胆』は満月に照らされ、風にゆらゆらと揺れながら、溜息をつく。 その視線の先には、簀子縁に座り庭を眺めながら酒盃を煽っている男と付従う少女。
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【…この様な筈ではなかったのだ】
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男は幼妻………溺愛するあかねを膝に座らせ、嬉しそうに眼を細めている。 あかねは、一回り以上も歳の離れた夫………友雅に何事か楽しそうに話し掛け 彼が盃を飲み下し空にすると、甲斐甲斐しく徳利を傾ける。
龍神の神子が、左近衛府少将の元に嫁いだのは、僅か四月前 神泉苑で、鬼との激戦に勝利した直後の事 友雅はあかねに後盾がない事を、自身に都合の良い理由にし 早々に自邸に攫って来てしまっていた。
あかねの世界と違い、京の男女間に『貞操観念』と言う考えは薄い。 しかし八葉は、全くもって稀有な存在、色恋沙汰に疎い者で占められていた。 朴念仁・天邪鬼・餓鬼大将・童子・堅物・臆病者・人外…と。
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【一人、色事師を混ぜたが、よもや己が半分の歳の幼き斎姫に食指を伸ばすとは】
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地の白虎の行動に色が垣間見られる様になった時より、事ある毎に神子に呼び掛けた。
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【必ず、我を呼べ】 と…
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いくら京の守護神とは言え、神子の祈り無くば降臨は果せない。 神泉苑が、京が、黒龍の瘴気で覆われた時、地の白虎は言い切った。
「私に任せなさい」 と… そして、神子は『神』ではなく『橘友雅』を選んだ。
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【まさか、彼奴にあの様な芸当が出来様とは】
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地の白虎は、他の八葉の力も借り、見事に瘴気を払い京を救った。 『龍神』の出番は、ついに回ってこなかったのだ。
カタンと音がし、徳利が倒れ僅かに残っていた酒が零れる。 友雅は、あかねの両袖を片手で押さえ床に縫い止め、組敷いていた。 突然の事に狼狽する幼妻の顎を、空いた手で掴み、己が貌をその瞳に映させる。 艶やかに微笑みながらも、色欲を孕んだ、男の貌。
あかねは、友雅の餓えた獣の様な、不躾な視線に耐えかね 瞬時に頬は茜色に染まり、心臓は早鐘の様に打ち付ける。 顔を背けたいが、確りと顎を押さえられているので動かせない。 唯一の逃げる手段は、瞳を閉じて見ない様にする事。
・・・それが、猛獣の策略とも知らずに・・・
白き虎はニヤリと口角を上げ、神の供物であった獲物の唇を優しく喰らう。 それが激しくなるのは、時間の問題。
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【神子・・・・・・我が愛しき子よ、お前が「幸せ」と思うなら何も言うまいが・・・】
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『竜胆』は更に大きな溜息を零した。
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