吐息、淡く。震えるのは私

= 吐息、淡く。震えるのは私 =



 京の窮地を救った『龍神の神子』は『八葉』の一人
 左近衛府少将 橘友雅に請われるまま、彼の北の方となった。



 本来、貴族の婚姻は通い婚が通例ではあるが
 彼は神子に後盾がない事を理由に、早々に自邸に囲い込んでしまう程の熱の入れ様で

 …之に関しては、星の姫が大層ご立腹されたらしいが…

 その後の彼の豹変振りには、周囲を驚かせた。
 全ての者を魅了する風貌と、腰を砕く程に破壊力のある艶声で
 数多の姫や女房との恋に興じていた彼が、情事どころか、文のやり取りもなくなった上
 宴に出る事もなく、仕事を片付けると真っ直に屋敷へと帰って行くのだ。
 しかも、物忌み・方忌みと出仕して来なくなる事が倍近く増えた事実も。


 そんな彼の様子に、他の公達の興味が集中する。
 ある者は純粋な興味から、ある者は彼への嫉妬から、ある者は不埒な動機から

 『あの左近衛府少将を虜にした龍神の神子とは、どれ程の美姫であるか』

 …之が事件の発端となる…






 今宵、友雅は帝の警護で宿直にあたっている。
 彼にとって宿直は、最も嫌な仕事の一つだ。
 何せ最愛の幼妻、あかねに一晩逢えないのだから。
 「帝の宿直など、私が行かなくても大丈夫だよ」と、何とも不敬な事を言おうものなら
 幼妻はニッコリ笑いながらも、有無を言わせぬ力を込めて
 「駄目ですよ友雅さん、お仕事はしっかりして来て下さいね」と渋々、任に付く破目になるのだ。

 宿直中は恐ろしく不機嫌になるので、部下達には哀れと言うしかないのだが。



 一方あかねは、一人褥で眠っている。
 婚姻を結んで早や四月、その間の夜の生活は、毎夜の如く愛されていた。
 夜だけではない、時には早朝から、更に仕事が早く終わった時など陽のある内から
 物忌みや方忌みで、一日中一緒の時は、それはもう言うまでもなく。
 未だ慣れないので恥ずかしいのは確かだが、愛されるのが嫌ではない
 が、質・量・回数に問題ありなのだ。
 複数に向いていた蜻蛉の様な熱ではなく、一人に注ぐ本気の男の情熱に
 十六歳の、少女の体力が持つ訳もなく
 朝起きられないのは当然で、昼近くまで休まなければ身体が動かない事もしばしばで。
 当然、月に数回ある宿直が『一人寝が寂しい』などと言う事態になろう筈もなく
 『ゆっくりと休息できる、唯一のチャンスを逃せない!』とあかねは思っていた。




 夜半、何者かが御簾を上げ褥へと忍び込んだ。
 十分睡眠を取った為、眠りが浅くなっていたあかねは、寝ぼけぎみに呟く。

 「…友雅さん? 帰って…んーっ?」

 瞬間、強い力で組敷かれ、手で口を塞がれた。

 「んっ!? ん〜〜〜〜っ!!」

 覚醒しきれず混乱する頭で、声にならない声を上げれば、そっと顔が近付いて来る。

 「騒がないで下さい、龍の姫君。 貴女に恋焦がれた哀れな男に一夜の夢を」
 「!」

 灯りがないので顔は見えなかったが、聞き慣れた声ではない。
 漂う香りも侍従ではなく、押えられた手も友雅の少し冷たく細く長い指ではなかった。

 『夜這い』

 相手の目的が理解できた瞬間、あかねの背筋に冷たいものが走る。
 恐怖のあまりに強張った身体は、その四肢さえも思い通りに動かせず
 代わりに大きく見開いた瞳に、溢れそうなほど涙が溜まる。
 大人しくなったあかねの様子を『了』と受けたと思ったのだろう
 男は、口に当てた手と組敷いた力を緩めた。


 咄嗟にあかねは手に噛み付くと、怯んだ男を突き飛ばし
 文机の上に置いてあった懐剣を抜き、自らの咽に押し当てた。
 薄暗い閨でも月明かりを帯び、妖しく刀身が光る。

 「帰って下さい、私は友雅さん以外を受け入れる事はありません」

 例え元斎姫でも、嫁いだのなら、男女の情事は承知の上
 まさか之ほど激しい拒絶をされるとは考えてなかったのだろう、男の声が上擦る。

 「ひっ姫!?」

 あかねは、怯えを隠し、震える呼吸を整え、掠れながらも口調を強めた。

 「それとも、大騒ぎした方がいいですか?」
 「・・・チッ」

 相手に拒まれ騒がれるなど、不名誉極まりない。
 男は軽く舌打ちをすると、そのまま御簾を上げ房から出て行った。
 渡殿を遠ざかる足音を聞きながら、あかねは懐剣を咽に当てた姿勢のまま動けずにいた。
 自らの身に起こった現実に、今更ながら恐怖が沸き起こってくる。
 そのまま突っ伏し、声を殺して咽び泣いた。

 「う…ふうっ、ううっ。 うっ・・・・・・・友雅さん」




 どの位泣いていただろうか、隣室に控えていた女房が異変を感じたのだろう
 御簾越しに声を掛けてきた。

 「お方様、如何なさいました?」
 「…綾さぁん…」



 綾と呼ばれた女性は、元は藤姫付きの女房だった。
 あかねが神子として京に召喚された直後から、彼女付きの女房となり
 姫には相応しくない行動も言動も、その世界観も受け入れられ、それを好ましく思えた人物の一人で
 あかねが友雅に嫁ぐと、自らの意思でこれからも仕える事を申し出たのだ。



 「? 失礼致します」

 普段は許しがなければ御簾内には入らないが、あかねの只ならぬ様子を感じ
 中に入ると、灯台に火を入れた。

 「綾さんっ!!」
 「…!? あかね様」

 懐剣を落とし獅噛み付いて来たあかね、それに乱れた褥の惨状から、綾は瞬時に事情を理解した。


 京で夜這いは一般常識だが、あかねの世界では犯罪行為。
 今の彼女の様子からしても、心に受けた衝撃は計り知れない。
 唯一の救いは、事がなされた様子が無い。
 もしそうでなければ、この程度の状況では済まされなかっただろう。


 綾は、泣きじゃくるあかねの背を優しく撫でた。

 「お方様、何処かお怪我は御座いませんか?」

 あかねは嗚咽を抑え、首を横に振る。
 懐剣を咽に当てた後が赤く痛々しいが、斬れてはないらしい。

 「殿にお知らせ致しますか?」

 途端に弾く様に顔を上げ、泣き腫らした眼で綾を見る。

 「駄目! 友雅さんに知らせちゃ絶対駄目っ!! …心配させたくないから」

 あかねの顔を見た綾の眼が、微かに歪む。

 「口元から血が、何処か切られたのでは?」
 「えっ、違う…これは、相手の人の手を噛んじゃったから」

 あかねに怪我がないのを確かめると、口元を袖口で拭きながら静かに頷いた。

 「分かりました。 私がお側に居りますので、お休み下さいませ。
  その様な赤い眼では、殿に気付かれてしまわれますよ」
 「…うん」

 綾は手早く褥を整えると、あかねを寝かし付けた。
 そして、幼子にしてやる様に衾の上から優しく叩く、心音と同じ速度でゆっくりと。



 そうしながらも、彼女の頭の中では様々な情報を整理していた。
 夜這いが当然とされているとは言え、屋敷の北対まで、手引きなして侵入するのは不可能。
 しかも、北対の人選には細心の注意が払われていた。
 あかねが、北の方として相応しくないと、眉を顰める者は多い
 なので、彼女を好ましく思ってない者は、北対に入って来る事さえ許されない。
 それに、友雅のあかねへの溺愛ぶりは周知の事実
 主人の逆鱗に触れる行為に、手を貸す者がこの屋敷に居るだろうか?
 可能性があるとすれば、手引する目的で屋敷に来たとか
 そう言えば最近入った女房が居た筈、その者の紹介元は…。


 綾は考えを纏めると、あかねの様子をそっと伺った。
 静かな寝息が聞こえてきて、当分は起きなさそうだ。
 夢路を壊さない様に御簾を潜ると、自室に戻り文を確かめる。 


 あかねに届く文は、総て綾が一度目を通していた。
 彼女がまだ文字を読めないので、代読するという大義名分があったが、実は友雅の依頼で
 あかねに届く恋文や、友雅の女性関係であかねに恨み辛みを書いた文を止めていたのだ。
 そんな恋文の中から、新入り女房の紹介元の人物を確かめ、急ぎ筆を取った。


 あかねからは『知らせないで欲しい』と言われたが
 鋭い友雅の事、隠した所で露見するのは火を見るより明らかで
 更に彼女を追い詰める結果にもなりかねない。
 それならば、あかねに『知られていない』と思わせた方が傷が酷くなる事はないだろう。


 あかねの身に起こった事実、自身の憶測
 そして「心配させたくない」との彼女の気持ちをしたためて
 火急の文として、急ぎ友雅へと届けさせた。






 文は明方、丁度、宿直の終わった友雅の元へと届けられた。
 ようやくあかねの待つ屋敷に帰れる嬉しさからか、機嫌は回復しているらしく

 「おやおや、火急の文とは嬉しくないねぇ」

 と余裕があったのだが、文を読む速度と共に次第に厳しい表情へと変わっていく。
 同場に居た部下達は、彼の様子に萎縮してしまい全く身動きが取れない程
 文を読み終えた時には、友雅は餓えた肉食獣の様な瞳をしていた。
 なまじ顔が整っているだけに、その剣呑な眼差しが恐ろしい。
 絶対零度まで凍りそうなオーラを纏い

 「宿直の後処理を頼むよ、私は戻って来れないからね」
 
 有無を言わせぬ台詞を部下に押し付け、房を後にした。




 友雅は朱雀門で目的の人物を待ち構える。
 自分より官位が一つ上、大膳職の長官で
 諸国の調の雑物、醤、肴、菓、雑餅を掌り、食物を調理する職。
 以前の友雅と同類の要素を持つ男で、宴で何度か面識があった。


 無表情に視線を動かしていると、狙った獲物が出仕して来るのが見えた。
 …彼の右手には布が捲き付けられてある、それは疑惑の憶測が、確信へと変わった瞬間。
 友雅は打って変って穏やかに微笑みながら、しかし獰猛な獣の瞳のままで声を掛けた。

 「大膳大夫殿、少し猶予を頂けますかな?」

 声を掛けられた方は驚いた様子を見せたが、何せ相手は自分より位が下、そこは悠然と構えて

 「これは、少将殿。 某に何か御用ですかな?」
 「何、すぐ済みますのでこちらへ」

 木々の生い茂る裏庭へと獲物を誘い込んだ。
 そこは女房達との逢瀬によく使っていた場所、人が来ないのと、声が表に漏れないのが丁度良い。

 (…そう、どんな声でもねぇ)

 白き虎は獲物に気付かれぬ様に、北叟笑んだ。



 「何ですかな少将殿、某に話でも?」

 彼の質問には答えず、友雅は本題を切り出す。

 「時に大膳大夫殿、その手はどうなされました?
  武官でもない貴方が、その様な傷を負うとは珍しい」
 「! …これですか、躾のなっていない犬に噛まれましてな」
 「犬に…ね」

 友雅から笑みが消え、瞬時に間合いを詰め大膳大夫の腕を捻り上げ、布を取り払う。
 そこには、小さな歯形の痕。
 友雅が毎夜一番最初に存分に堪能する場所だ、見間違う筈もない。

 「なっ、何をっ!」

 何とかして腕を振り解こうとするが、武官のしかも激昂している彼の力にかなう訳もなく
 暴れれば暴れるだけ、強い力で握り絞められる。

 「昨晩、私が居ないのをいい事に、屋敷に賊が侵入しましてね。
  事もあろうか、私の白雪を穢そうとしたのですよ」
 「それが、某とでも!?」
 「この証拠があっても…ですか?」
 「そっ、それは、その辺の女房に付けられた物だ!」
 「…ほぉ、確か先程は『犬』と言われておられませんでしたかな」
 「いやっ、そのっ」
 「で、その女房は、桜色の髪の?
  愛らしい唇を、この手で押え付けて? 
  碧玉の瞳からは、真珠の様な涙を零して?
  細く華奢な白い肢体を、力任せに褥に組敷いて?
  噛み付かれ、懐剣を咽に当ててまで拒絶されたと?」

 友雅の一言一句の正確な物言いに、大膳大夫の顔が蒼白になっていく。
 腕は不自然に捻られ、激痛が走る。
 しかし恐怖からか、悲鳴さえも言葉にならない。
 無言ながらも、事を認めているのは誰の眼にも明らかだ。


 だが、猛獣は更に獲物を崖淵へと追い詰めていく、心身共に恐怖を叩き込む為に。

 「まぁ、そう言い張るのならそれでも構いませんが…しかし、許せないね。
  私以外の男に、我が月の姫の刻印があるなどと
  いっそ腕ごと、斬り落としてしまおうか?」

 薄笑いを浮かべて、物騒な冗談を言っている様にも聞こえるが
 鈍い者でも、本気だと分かるほど、殺気を帯びた眼差しだった。

 「やっ、止めてくれ!」
 「では、腕を斬るのは止めておきますが、その代り・・・」

 友雅はあかねの噛み痕を消す為に、さらに強く骨まで砕く勢いで喰らい付いた。

 「ひぃぃぃ〜〜〜〜っ!!」

 そして地面に叩き付ける様に、大膳大夫を突き飛ばすと
 先程したたかに噛んだ手を、全体重をかけて踏み潰す。

 「! ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 一瞬の沈黙の後、耳を劈く絶叫が響く。
 踏んだ感触と獲物の悲鳴から、骨の五・六本は逝っただろう。
 恐らく、その手はもう使い物にはなるまい。
 激痛に耐えかね地面を転げまわっている大膳大夫の眼前に、切っ先を突き付ける。

 「ひっ!」
 「次は首が飛ぶと思って頂きたい。
  私は思慕のあまり、龍神から斎姫を奪い盗った咎人。
  その姫を護る為なら、例え相手が誰であれ、鬼にも蛇にもなると覚えておいて頂きたいものですな」

 口から人の血を流し、冷酷に吐き捨てるその姿は、まさに鬼神の如く
 大膳大夫は、這いずる様にしてその場から逃げ去っていった。

 剣を鞘に収めながら、斬捨てたい衝動を抑えなければならない自身の立場と
 口腔に広がる鉄錆の味に顔を顰め、唾と共に吐き出した。

 「…全く、無粋だな」







 昼前には屋敷に帰り着いたものの、友雅からは溜息が尽きなかった。

 (あかねは暗い表情をしているだろうか?
  それとも、無理に作り笑いを見せるだろうか?
  そんな辛辣な表情を見て、私が正気を保っていられるだろうか?)

 色々と思案しながらあかねの房に近付くと、思いもかけず明るい声が聞こえてきた。

 「?」
 
 不思議に思いながら御簾を潜ると、沢山の絵巻物に囲まれ楽しそうに笑う幼妻の姿がそこにあった。

 「あっ、友雅さんお帰りなさい、早かったですね」

 普段と変わらぬ様子で、屈託なく腕の中に飛び込んでくるあかねに、友雅は少々戸惑いながら
 しかし、そんな様子はおくびにも出さず、彼女を受け止めると自分の膝に座らせ、後から抱すくめた。
 春を思わせる暖かな匂いの、肩まで伸びた髪に顔を埋めながら、耳元で囁く。

 「たたいま、あかね。 思ったより、早く片付いたのでね。 
  それより我が北の方は、えらくご機嫌だね、どうされたのかな?」

 いつもの事とは言え、背後からの抱っこと、耳で紡がれる声が照れくさくて、あかねの頬が朱に染まる。

 「綾さんが、色々な絵巻物の話をしてくれたのが楽しくて」
 「そう、それは良かったね」



 それは、双方に対する綾の配慮。
 あかねには、昨夜の事を思い出させない為の
 友雅には、普段通りに振舞えるだけの余裕を持たせる為の
 見ると綾の姿はもう既になく『呼ばれるまでは控えている』のがこの屋敷の女房の常識。
 色々と聡い彼女のお陰で、二人の間にはいつもと同じ雰囲気を保つ事が出来ていた。



 「あかね、首の痕はどうしたの?」

 それは懐剣で押えた時の痕、もちろん友雅は知っていたが、あえて気付いたフリをした。
 普段の自分なら、必ず気が付くだろうから。

 「これは、寝ている間に爪で引っ掻いたみたいで」

 あかねも答えを用意していたのだろう、その声に淀みはない。

 「そう、綺麗な肌にこんな痕を残して、これはお仕置きかな?」
 「おおおっ、お仕置きってっ!?」

 友雅は慌てるあかねの両手を取り、自身の口元に寄せると
 『引っ掻いた』と無実の罪を着せられた一指一指の爪を、口に含み軽く甘噛みしていく
 去り際に「ちゅっ」と音を立てるのも忘れない、ゆっくりと、あかねの羞恥心を煽る為に。

 「さて、後は首筋…だね」
 「ちょっ、友雅さんっ!」
 「駄目だよ白雪。 『お仕置き』なんだからね、赦さないよ」

 剣呑な言葉とは裏腹に、嬉しそうな笑みを零し、首の痕にそって舌を這わた。

 「んっ!」

 あかねの抑えた声と、口腔に広がる微かな血の味、それが何と甘美な事か。
 実際には血液に味の違いはない筈、分かってはいるがそうは思えず
 再びその甘露を味わいたくて、執拗に舌を動かす。

 「もーぉっ、友雅さんっ!! いい加減にして下さいっ!!!(////)

 あかねは痕が分からなくなる程、真っ赤な顔をしながら、上目使いで友雅を睨んだ。
 しかし、その視線が不意に心配気なものへと変わる。

 「うん? どうしたの」
 「友雅さんこそ、口の端が切れてますよ」

 指摘され、初めてその事実に気付く。
 恐らく、大膳大夫の手に噛み付いた時に切れたのだろう。

 「あぁ、このくらい舐めておけば…」

 自分で舐めようとして、ふと更なる悪戯心が湧き起こった。

 「それとも、あかねが舐めて治してくれるのかい?」

 眼を閉じて、口をあかねの顔に近付ける。
 きっと彼女は「何て事、言うんですか!?」とか言って更に顔を赤くするのだろう…と思っていた。


 しかし実際は、一瞬の躊躇の後、温かく柔らかな舌が、口の傷におずおずと触れた。
 友雅は驚き眼を見開くと、あかねは耳朶まで真っ赤になりながら、俯き微かに呟いた。

 「…さっきは、友雅さんが……舐めてくれたから……」
 「っ!」

 ズクンと、血が滾る感覚が体中を駆け巡り、恋慣れた男を眩暈がする程、甘く痺れさせる。

 (本当にこの姫君は、思いもかけない事をしてくれる。
  何の計算もない、無意識下の行為だけに余計始末が悪いねぇ…いや、嬉しいのかな)

 先程の行動と言葉が、友雅の理性の楔をどれ程簡単に打ち砕くか、全く分かっていないのだ。
 昨夜、あんな事があったばかりだから、今宵はあかねを抱かないつもりでいたのに
 だけど男を刺激されて、一晩堪っていた情熱が溢れて来るのを押える事は、最早不可能で。


 友雅はあかねを抱き立ち上がると、さっさと几帳の奥に入っていく。

 「こんな最高の治療には、治療費を払わなくては
  今、持合わせがないからね、体で払うよv

 あかねは、突然の展開に思考が麻痺しながらも、褥に降ろされた時点で
 ようやく、その言葉の真意に気が付いた。

 「えっ? えっ!? 体でって??(/////)

 友雅はあかねを組敷くと、文句は言わせないとばかりに手で口を塞ぐ。

 「んっ!? ん〜〜〜〜っ!!」

 それでも、声にならない声で抗議の意思を示せば、そっと顔が近付いて来る。

 「神子殿の治療に、八葉として是が非にも報いさせて頂きたいのだがねぇ。
  受け取ってはくれまいか?」
 「!」

 それは、昨夜と全く同じ状態…だが
 聞き慣れた声、嗅ぎ慣れた侍従の香り、少し冷たく細く長い指
 自分に覆い被さってくるのは、欲情に濡れた瞳で蠱惑的に微笑む、愛しい人。


 昨夜は緊張で漏らした息も、今は淡く零れる吐息に
 昨夜は恐怖で震えた身体も、今は背筋がゾクリと震える躰に




 …その後、友雅の治療費の支払いは宵の頃まで及んだらしい…



やりたかった事は、闇黒少尉を書いてみたかったのと、お約束の「体で払うよ」と言わせたかった

だモンで、あかねちゃん、ゴメン!…未遂なんで勘弁して下さい <m(__)m>

その所為か、何度も練っている内に、大膳大夫に対する扱いが段々過激に
最初は「脅して噛む」→+「剣を突き付ける」→+「踏み潰す」
最後には、片腕ぐらい斬るか?…と
流石にソレは、不味いだろうと思って止めましたが (^_^;)
姫君主義/セアル 様