リンドウの憂鬱

= 竜胆の憂鬱 =





「ねえ、友雅さん、お姫様抱っこしてくれませんか。」



 少女の突然の発言に、プレイボーイの誉れ高い橘少将は珍しく言葉を失っていた。



 「・・・神子殿・・・君は自分が言っていることの意味が解っているのかな?」



 内心、少し狼狽ながらも、そのことはおくびにも出さずに問いただす友雅に

 彼が愛して止まない少女は、花のように微笑む。





 二人は、その日も怨霊の封印を済ませて、左大臣家に戻ってきたところであり、

 あかねの部屋に向かう渡殿の上での出来事だった。

 幸いなことに、辺りには左大臣家の藤姫も、あかねを護る八葉もいないかったので、

 二人のやり取りは、他人に見られずに済んでいる。



 「ですから、お姫様抱っこして下さい!」



 あかねは、それだけ言うとまた、ニコっと微笑んだ。

 友雅の頭の中は「何故?」という思いでいっぱいになっていく。


 (今日の戦いで、少し疲れたかもしれないが、怪我はしなかったはず・・・。

 なら、何故、抱いてくれなどと・・・これは、謎掛けで、私を試しているのだろうか?

 いや、いっそこの機に乗じて、我が想いを・・・いやいや、まだその時期では・・・)


 友雅は、あかねを見つめたまま、躊躇逡巡していた。

 やがて、ある考えが頭を過ぎる。


 (私をからかっている?・・・かもしれぬ。ならば・・・)


 友雅は、余裕の笑みを浮かべあかねを見た。



 「月の姫、お誘いは嬉しいが、今宵は、姫を想って独寝をすることとしよう。

 でも、次は・・・ふふ・・・ないからね。」



 「えっ?・・・それって・・・どういう意味ですか?」



 首を傾げるあかねに友雅は、何も答えずに背を向けると、その場を後にした。



 「えと・・・゛次はない"って、どういうことなのかしら?」



 どんどん小さくなる友雅の背中を見つめながら、あかねは、友雅の行った事の意味を考えたが答えは出ない。

 今度はあかねの頭の中が、「?」でいっぱいになっていた。

 



  次の日、友雅に逢った時、またあかねからの不思議な願い攻撃があった。

 今度は『友雅さんのお邸にお泊りに行きたいです。』

 さすがの友雅も、あかねのお願いに、いつものポーカーフェイスを崩すと、

 慌ててあかねの腕を掴み、部屋の隅に連れて行って、発言の真意を問いただす。

 でも、あかねは、首を傾げて、不思議そうに友雅の顔を見つめていた。

 そんな愛くるしい表情のあかねに、苦笑しながら友雅は、深い溜息を吐くと、部屋を出て行った。



 

 友雅は、あかねのお願い攻撃の真意を図りかねていたので、その真意が解るまで

出来ればあかねと逢いたくなかったが、あかねの八葉である身の上、それは叶うはずもない。

 庭に咲く竜胆を見つめながら、友雅は、あかねの謎懸けの意味を考えていたが、

 どうにも答えが見つからずに、竜胆に向かって話し掛けた。



 「やれやれ月の姫は、何を言いたいのだろうね。

 可憐に咲く竜胆の花姿は、神子を想い出させる・・・それに、その花言葉は、

 『正義と勝利を確信する』・・・だから、こうして庭一面に咲かせたのに、

 その竜胆の君が、憂鬱の種になるとは・・・思いもしなかった。

 それ程に私は、月の姫に心惹かれているということなのだろうか・・・ねえ・・・竜胆の花よ。」



 そんな友雅の問いかけに、竜胆は、ただ風になびいているだけだった。





 次の日も、あかねの許に向かうと、友雅の姿を見つけたあかねが、無邪気に微笑んでいる。

 今日のあかねは、特に外出の予定がないのか桂姿で、蘇芳と青萌黄という秋の色目「竜胆」の重だった。

 そんな愛らしい姿を見とめると、つい顔が綻んでしまう友雅だったが、

 また何か突拍子でも無い事を言うのではと戦々恐々としている友雅にあかねは、止めの一言を発する。

 しかも、とびっきりの笑顔で・・・



 「友雅さん、一緒に寝ましょう!」



 その一言で友雅の思考回路は停止した。

 一瞬の静けさの後、友雅が言葉を紡ぐ。



 「それは・・・私と契る・・・ということだね。月の姫・・・」



 そう言うと、友雅は、目の前のあかねを抱き上げ、すごい速さでその場を後にした。



 

 友雅があかねを、半分拉致するような形で奪い去って、着いた先は、当然、友雅の私邸。

 今は、麗らかな午睡の頃、しかも、主が駆け込んだとて、邸の者たちは、顔を出す訳がない。

 ここならば誰にも邪魔されることはあるまいと、友雅が迷わずに選んだ場所である。

 自分を抱きかかえて、ほくそ笑む友雅を、あかねは訝しげに見上げていた。



 「あの・・・どしたの・・・ですか?友雅さん・・・」



 「君の望み通り、ここは私の邸だよ。

 さて・・・ここ数日の謎掛けのような言葉の数々で私を悩ませてくれたが、

 月の姫は、一体何をご所望なのか、そろそろ私に教えてはくれまいか!?」



 友雅の言葉にあかねは、目を丸くした。

 友雅が、何故、自分を抱きかかえているのか・・・

 何故、奪い去るよな真似をしたのか、あかねには理解出来ないでいる。



 「何って・・・私が欲しいのは・・・友雅さん・・・ですけど?」



 「・・・え・・・?」



 友雅も、あかねの言葉が理解出来ずにいた。


 『この少女は、一体何を望んでいるのだろうか?』


 そんな友雅に向かって、あかねは、更に言葉を続ける。



 「ですから、友雅さんの事考えてるんです。朝も昼も夜も・・・ずっ〜と」



 微笑むあかねに、友雅は掠れた声で聞いた。



 「何故・・・そんなに私の事を考えるのかな?」



 あかねは、首筋まで朱色に初めながら俯く。



 「そ・・・それは・・・」



 「それは?」



 「えと・・・す・・・き・・・だから・・・です。」



 「誰のことをかな?月の姫、その可愛い唇で、幸せ者の名を・・・告げてはくれまいか。」



 「あの・・・それは・・・その・・・友雅さん・・・です。」



 あかねの口から自分の名前が紡がれた瞬間、友雅の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていた。

 黙って、自分を見つめる友雅を見て、あかねは、その顔をのぞき込む。



 「あ・・・あの、友雅さん?」



 あかねの声に、友雅は我に返った。



 「そうか・・・天女は自ら羽衣を脱いで、我が手の中へ・・・か」



 そして、今までのあかねの謎掛けのような言動は、全て自分への求愛行動と認知する。
 


 「全く君は・・・いけない人だ。」



 友雅は、苦笑していた。



 「友雅さん・・・何が可笑しいのですか?」



 あまりにも長い間、友雅が一人で笑っていたので、あかねは、不思議そうな顔をして小首を傾げる。


 (全く・・・月の姫は困った方だ。

 そんなに可愛い姿を、無防備に私に見せるなど、誘っているの同じことなのに・・・

 やれやれ・・・どうしたものやら・・・いや・・・月の姫が天女ならば、私は・・・・・・)



 名案を思いついたのか、友雅は満足げに微笑みながら、あかねを抱き寄せた。

 そして、あかねの唇に自分の唇を重ねと、その唇が、甘く柔らかいので、

 友雅はあかねとの口づけの夢中になっていく。

 あかねは、驚いて身体を硬くしていたが、友雅はそんなことには、お構いなしに

 何度も角度を変えてはあかねの唇を味わっていた。

 時に甘く・・・激しく・・・そして、優しく・・・・・

 友雅の口づけに翻弄されていたあかねだったが、いつのまにか床に倒されている事に気がつく。



 「友雅さん・・・何・・・するんですか?」



 起き上がって乱れた衣類を整えようとするあかねの腕を友雅が掴んだ。



 「君が望んだことだよ・・・月の姫。」



 「あ・・・それは、友雅さんと日向ぼっこしながら、お昼寝したいって思っただけで、意味が・・・違います!」



 「君は・・・本当にいけない人だね。

 私の気持ちを、知っていて弄んでいるのかな・・・だが、もう戻れない。

 君という天女を手に入れるために、私は天帝になろうと思う。」



 そう言うと友雅は、あかねに口づけを落とすと、お姫様抱っこをして、部屋の奥の方へと消えていった。



 (私を悩ます竜胆の君・・・やっとこの手で手折ることが出来た。

 君が私を天帝にしたんだ。その責任は取ってもらうよ。一生を懸けてね。)

 




 
  end

 




今回、「竜胆の憂鬱」というお題を頂いて、竜胆の花のように可憐なあかねちゃんが、
友雅さんを翻弄するお話を思いつきました。
でも、その前に、私が素敵な友雅さんに翻弄されてしまったようです。
2006.09.05 sanzou
Angel Tears/sanzou 様