I surrender you!

= すすき野原でつかまえて =





御所の穢れを祓うために梨壺に局を貰ってからもう何ヶ月になるのだろう。
祓っても祓っても次々に新しい怪異が現れ、最近あかねは疲労の色を濃くしていた。
精神的にもかなり追い詰められているのかもしれない。ちょっとしたことでも必要以上に反応してしまい、すぐに涙ぐんでしまう。
そんなあかねを八葉たちも案じてくれて、鷹通などは

「少しずつではありますが、内裏の怪異は減っています。
神子殿のなさっていることが徒労だなどとお考えになりませんように。」

といって慰めてくれるけれど、あかねは一向に気が晴れなかった。

とはいうものの、放って置けば穢れは重くなり続け、怪異も頻発するだろうと思うとじっとしているわけにもいかず、今日も朝から鏡を覗いては怪異の現われる場所に赴いて怨霊退治に励んでいたのだ。

今朝一番に局を訪れた友雅が

「神子殿、今日は私にお供をさせてくれるね?」

と言った時には、本当に驚いた。まさか、友雅が一番に現われるとは思ってもみなかったから・・・。
実を言えば、ここ二、三日姿を見せなかった友雅のことが気がかりで、昨夜も一人で友雅のことを考えていたらなんだか訳もなく涙が止まらなくなってしまったのだ。

自分は一体どうしてしまったのだろう?

―――最近友雅さんのことが気になって仕方がない。

一緒にいる時はいつでも、彼の言葉を一言も聞き漏らすまい、彼の動作を一つも見逃すまいと神経を欹ててしまう。
その上、友雅が思わせぶりな仕草を見せたり、何気なく言った一言がひどく気になって、舞い上がったり、落ち込んだりしてしまうのだ。

そんな訳で今朝も、なんだか友雅と二人だけで出かけるのは気詰まりだなと思っていたところへ、ちょうどいい具合にイノリが来てくれたので三人で出かけることにしたのだった。

 

その日は文殿辺りに潜む怨霊を何体か封印し、そろそろ梨壺へ戻ろうかという時に三人の前に新たな怨霊が現われた。
鵺だ。火属性の中でもかなり手ごわい怨霊だ。金属性の友雅には相克だし、イノリにとっては同属性だ。
ここは、追撃を決め技まで繋げなければ倒せそうもない。迷っている暇はない。あかねは友雅に声を掛けた。

「友雅さん、星晶針を使いましょう!」

「よし、それでいこうか。イノリ、追撃を頼むよ。」

「任せておけって!」

「きらめきよつらぬけ、星晶針!」

友雅の放った術に続いて次々に追撃が加えられ、友雅が最後に決め技を繰り出そうとあかねをその腕の中に抱き寄せた。

「怖がることはないよ。・・・」

と、次の瞬間「いやぁー!・・・」と言う声を放ってあかねは友雅の身体を突き飛ばしてしまった。
二、三歩よろめいただけで友雅は踏みとどまったが、そこへすかさず鵺が攻撃を加えてきた。

「きゃー、友雅さん!」

「くっっう・・・、大丈夫だよ、神子殿・・・。」

「あかね、何やってんだ、早く次の術を!」

「でも、友雅さんが・・・。」

友雅の側に駆け寄ろうとするあかねの腕を掴んで前を向かせると、イノリは叱り飛ばすように怒鳴った。

「ばか、今は怨霊を倒すことに集中しろ!」

「う、うん、わかった。イノリ君お願い!」

辛くも鵺を退け封印できたものの、友雅は酷い傷を負ったようだった。

「ご、ごめんなさい・・・。私のせいだ・・・。」

青ざめた表情で消え入りそうな声を洩らすあかねに

「大丈夫だよ、君が気にする必要はない・・・。」

そう言いながらも友雅の表情には先ほどまでにはなかった硬いものが浮かんでおり、あかねはいたたまれず、御所を飛び出してしまった。

 

一人でふらふらと宛てもなく京の街を彷徨い続け、気がつくと双ヶ丘のふもとの辺りまで来てしまっていた。

―――どうしてあんなことをしてしまったのだろう?
友雅さんの腕を感じた瞬間になんだかとても怖くなってしまって、夢中で跳ね除けてしまった。

―――何が?・・・
友雅さんが自分を傷つけるようなことをするはずがないのはわかっているし、鵺に立ち向かうのが怖かったわけでもない。

―――では、なぜ・・・?
今ならわかる、自分の気持ちが・・・。抑えていたもの、堪えていたものがあの場で一気に噴出してしまいそうになったのが自分で恐ろしかったのだ。

自分に触れる友雅の手が本当はずっと恋しくてならなかったのだ。
神子と八葉として怨霊と闘う時だけじゃなく、一人の女の子として友雅の腕に抱かれたいと願っている自分に気付いてしまった・・・。

―――こんな気持ちのままじゃ、みんなの所には戻れない・・・。

傾きかけてた秋の日が丘の稜線を照らし、麓に広がるすすき野原を琥珀色の漣のように見せている。
その漣に紛れてこのまま消えてしまいそうな心細さに襲われる。

と、その時、不意にあかねの後ろの方で、がさがさっという音がして薄の穂が大きく揺れた。

―――な、なに・・・?やだ、なんかいるのかな?まさか怨霊?

そう思って身を硬くしたあかねの前に薄の中から姿を現したのは、なんと友雅だった。

「と、友雅さん・・・、ど、どうして、こんな所に・・・?」

驚いて思わず間の抜けた言葉をはいてしまったあかねに

「どうしてこんな所にいるかだって? まったく君という人は・・・」

そういいながら近づいてくる友雅の顔にはやはりあの硬い表情が張り付いたままだった。

「私をこれ程心配させておきながら、どうしてと訊ねるのかね?」

「・・・ごめんなさい。でも、あの・・・さっきのことは、あの・・・」

言葉に詰まりながら後ずさるあかねに正面から視線を注いで友雅は訊ねた。

「私が怖いかい?」

「えっ?・・・あの・・・」

そんなんじゃない、でもどういったらいいのだろう。あかねは口ごもってしまう。

「私に触れられるのが嫌だった?」

「違います!・・・そうじゃないんです。・・・」

「だったら、どうしてあんなことをしたのかね?」

慌てて首を振るあかねの側に更に近づきながら友雅は訊いてくる。

「・・・あの・・・、私、どうしていいのか・・・わからなくって・・・」

「何を?」

友雅は容赦なく畳み掛けてくる。

「自分の、・・・自分の気持ちが怖くて・・・」

「どんな気持ち?」

友雅はじりじり近づいて来て、もうあかねのすぐ目の前に立っている。

「そ、それは・・・言えません。」

あかねは息苦しさから逃れるように一歩退きながらもきっぱりと言い放った。

「じゃあ、質問の仕方を変えようか・・・。私とこうして二人でいることは嫌じゃないんだね?」

友雅も一息ついたように顔を上げて視線を外してから、再びあかねの顔を覗きこんだ。

「はい。」あかねはこくりと頷く。

「じゃあこうして、君に触れることは?嫌じゃないかい?」

そう言って友雅はあかねの肩にそっと手を置いた。

「・・!・・・はい。」

あかねは一瞬目を上げて友雅を見たが、すぐに俯いて今度は小さく頷いた。
友雅の身体が更に近付くのがわかる。ほのかな体温と柔らかな侍従の香りがあかねを取り巻いて、そのまま閉じ込められたように身動きが出来なくなる。

あかねの肩に置いた友雅の手に力が加わり、更にもう一方の手が背中に廻されたのがわかると、あかねはもうくらくらして一人で立っていることも出来そうにない。

友雅が背中の手をぐっと引き寄せたのに身を任せ、その胸の中へすっぽりと抱きとめられてしまった。

「神子殿、今度こそ君の気持ちを聞かせてくれるね?どんな気持ちだったのかを・・・。」

友雅の甘い囁きが熱い吐息と共に耳朶をくすぐる。
・・・もうだめだ。観念するしかなさそうだ。

だって私はあなたにすっかり捕まえられてしまったのだもの・・・。


二次創作のサイトを立ち上げて2ヶ月。 友雅作品は初書きです。
これを書いているうちに、そもそも私が「遥か」に嵌るきっかけになったのは友雅さんだったことを思い出し、萌えが再燃しました。(笑)
遥葉譚/璃々子 様