秋の桜 |
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= 秋 = |
ある金曜の夜。あかねは自宅の自分の部屋にいた。 「金曜日の夜、ここにいるの久しぶりかも」 ベッドに横になりながら、ずっと携帯電話を手に取り眺めている。 おいおい、あかねちゃん。そんなに見ていても仕方ないでしょ? そんなに話したいなら自分からかけちゃえばいいじゃない。 ん?私は誰か?えっ、四神か龍か?いえいえ、そんな大層なものではありません。 ただ、この世界であかねちゃんを泣かせたり驚かせたり、友雅さんを脱がせちゃったり…………思いのままに操れる者です。 ん?神様かって?そう言われれば、この中だけでは神みたいなものです。 まぁ、ここの創造主だとでも言っておきましょう。 今夜は金曜だから、二人のラブラブが観察できると思ったのに。ちっ。 親公認で交際をしているあかねは、毎週金曜と土曜は彼のマンションで過ごすことが習慣になっているが……今夜は違う。 多忙で帰りも遅く、自宅でもずっとパソコンに向き合わなければならないということで寂しい思いをさせるから会えない、と彼から連絡がきたのだ。 「会いたかったな……。仕事の邪魔もしないし、わがまま言わないから…………同じ空間にいたいなぁ」 ただ、声が聴きたい。顔が見たい。ずっと後姿でも構わないから、そばにいたい。 「って、これだと邪魔で私のわがままになっちゃうなぁ……」 その時だった。あかねの手にある電話が勢いよく鳴る。 画面に名前が見えた……と思ったら、すぐに電話にでた。 「もしもしっ!」 『あかね、電話にでるの早いね。寝てなかった?』 「まだ起きてたよ。どうしたの、友雅さん。お仕事は?」 『まだ途中だよ』 「そっかぁ、大変だね。……頑張ってね」 『あぁ。あかね?』 「ん?」 『今夜はダメだったけど、明日は会おうか』 「っ!いいの?お仕事は?」 『今夜中には終わるから、明日は一緒にどこか出掛けよう』 「……無理してない?」 『ふふっ。心配してくれているのかい。大丈夫だよ。明日、朝10時ごろに迎えに行くから、それまでにどこに行きたいか考えておいて』 「うん!」 『じゃあ、おやすみ』 「おやすみなさい」 たった数秒の電話での会話。だが、それだけであかねは幸せな気持ちになっていた。 さすが、友雅さん。 あかねちゃん、電話前と電話後じゃあ、表情全然違うし…………。 あかねちゃんには悪いけど、ちょっと友雅さんの様子見てきちゃおうっと。 ん?そんなことできるのかって?もちろん、できますよ。 あかねとの電話を切ると、ちょっと微笑んだ。 「さて、明日のためにもこれを終わらせないと」 パソコンのキーボードを軽やかに叩く。 本当は、今夜中に終わらせるのは無謀とも言える量。無理をしても終わるか分からない。 だがそれでも、友雅はあかねのために約束をした。 電話の向こうにいるあかねは、寂しそうだったから、というのは言い訳だ。 ただ、自分があかねに会いたい。 こんなにも彼女に溺れている。きっと彼女のためになら何でもできる。 こんなにも彼女を愛している。きっと彼女が思っている以上に……。 ふと、手を止め、目をパソコンから離した。 「私しか見ないように。他の男にとられないように閉じ込めていたい……と思うくらい」 しばらく、目を閉じていたが、すぐに再びパソコンに向かう。 閉じ込めたい、とは思っていても実際はできないということは、友雅もよく分かっている。 そんなことをして嫌われ拒否されるのが恐い。 彼は、あかねが一番大切で、あかねが離れることが一番辛いことなのだ、と知っている。 きゃー、私なら友雅さんに閉じ込められてもいいの!むしろ、閉じ込めて!! …………こほんっ、失礼しました。 それにしても、あの紙の束。本当に終わるのかなぁ。 いや、彼の場合、あかねちゃんが一番の人だから、終わらなくても出かけちゃいそうだけど……。 ふふっ、明日は朝からこの二人を観察しちゃおう!っと。 次の日、約束の10分前にはあかねの家へ迎えに来た友雅。あかねの両親にもきちんと挨拶をしてから、あかねを車に乗せた。 「で、あかねはどこに行きたいんだい?」 ハンドルに手を置いて、助手席にいる彼女へと尋ねる。 「えーと、海とか公園とか……のんびりできるとこ。お弁当も作ってきたからゆっくり過ごしたい」 友雅にとっては予想外の展開だった。新しくできたショッピングセンターに行きたいとこの前言っていたので、そこかと思っていたのだが……。 「この前、ショッピングセンターに行きたいって言っていなかった?」 「うん。でも今日はゆっくり過ごしたいの。あそこにはいつでも行けるし」 あかねは友雅に笑顔を向ける。無理をしている様子もない。 「ゆっくり過ごせる所か……分かった」 あかねも軽く頷いた。 時折ラジオから聞こえてくる曲を口ずさんでいる、あかね。 その様子を微笑ましく思う友雅。 そんな2人が着いた先は、大きな公園だった。 この公園は、運動施設はもちろん子供たちの遊戯施設などがいくつもあり、歩いて一周するのが辛いほど広い敷地である。今日は、休日なので子供づれの家族が芝生で遊んでいるのがよく目に付く。 「わぁ、広くて気持ちいい。ほら、あの花とかも綺麗!」 友雅の左手にはあかねが作ったお弁当が入っているバッグを、右手にはあかねの左手が握り締められている。 「そうだね」 目をキラキラさせてはしゃぐあかねを可愛いと思う。でも、口にはしない。口にしたら、子ども扱いしているとあかねに文句を言われそうだ。 「あかね、こっち」 キョロキョロとしているあかねを引っ張って、目的の場所に行く。 「?……どこに行くの?」 「桜を見ようと思ってね」 「桜?…………あぁ、コスモスのことでしょ。でも、コスモスならあちこちに咲いてるよ」 友雅は微笑んで何も言わない。あかねは首をかしげたが、とりあえず友雅についていく。 しばらくすると、友雅は止まった。 「ほら」 「…………桜、何で咲いてるの?」 あかねたちの正面にある木は、正真正銘、桜木。普通、春に咲く桜である。 だが、今は秋。なのに、目の前で桜が咲いている。 「今年は、台風のせいで葉が散るのがはやかったからね。葉には開花を抑制する物質があるんだけど……ん?」 「すごい、友雅さん。何でそんなこと知ってるの?」 「テレビのニュースで聞いたことだよ」 「よく覚えてますね」 友雅にとっては大した事ではないのだが、あかねにとってはすごいことらしい。 「ニュースで聞いた時、あかねと一緒に見たいと思ってね」 「……不思議ですね。秋なのに桜が咲いてるなんて」 じーっと桜を見つめるあかね。そんなあかねの顔を覗きこみ、お互いの唇同士を重ねる。 すぐに離れるが、あかねは顔も耳も真っ赤だ。 「とっ、友雅さん!」 「ついね。桜があかねに見つめられて羨ましかったものだから。ほら、せっかくだからあかねの作ってくれたお弁当を向こうで食べよう」 再びあかねの手を握り締め、人気の少ない芝生へと向かって行った。 友雅は知っている。 あかねは疲れを癒そうとしてくれていることを。 私を大切に思っていることを。 あかねは知っている。 友雅が無理をして会いに来てくれたことを。 私を大切に思っていることを。 お弁当を食べた後、友雅は頭をあかねの膝に置き、目を閉じてあかねを思う。 あかねは友雅の髪を優しく撫でながら、友雅を思う。
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blue notepaper/Jin 様 |