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= 秋 = |
夢を見ているんじゃないか、って。 貴方を好きになってからずっと、ずっと。 本当にしつこいよね。 でも、こうして眺めてるとわかるの。 隣に座る貴方の顔が、髪が、まるで空と同じ様に移ろい、色付くから。 夕日が、貴方の後ろに、濃く、長く、影を作るから。 だから、やっぱり信じてもいいんだよね。 貴方が本当に、ここに居るんだって。 「さきほどから、、、。」 「え?」 「随分と見つめられているようだけれど。」 「、、、、、。」 そう、すごく綺麗だったのだ。 綺麗過ぎて、自分が一体何を見てるのだったかわからなくなるくらいに。 「、、、ん?神子殿。」 「、、、、、。」 こうして間近に顔を向けられて、ああ、と思う。自分は今までずっと、この人を見ていたのだったか。 「それ、早く食べてしまいなさい。」 「へ、あ。」 焼き芋。さっき八坂神社の前で見つけた屋台で買った、あかねの大好物。 (そう言われれば、買ってたんだったっけ、、、。) 両手に握られた芋を空しく見下ろして溜め息を一つ。もうすっかり冷めてしまっていた。 「しかし随分と大きいものだねぇ。それを全部、神子殿が食べるというのかい?」 「こーれーはー、大丈夫なんですっ、、、。」 パクリ、とわざと大きく噛みついて見せるのだが、実に中身はそれほど冷めてもいなかったようである。途端、眉間に皺を寄せるあかねの顔を見て友雅がクククと喉を鳴らした。 「、、、、、。」 特に、この類の食べ物を摂取する姿というものを、見つめられて嬉しい気持はしない。 だいたい友雅はそうなのだ。あかねと何か食事をする際、一足先にいつも自分が食べ終わると、まだ黙々と食事を続けている愛しい恋人の顔や仕草を飽きもせずに眺めているのである。 それは、友雅がとりわけ早食いという訳でもなく、あかねの食べるのが遅いという訳でもない。これまでの-------遠い時空を隔てた二人が出会うまでの、互いが過ごしてきた生活習慣の差が、きっとそうさせているのだろう。 なので、あかねが摂取する食事の量は友雅のそれを遙かに上回ってしまう。どこぞのレディースセットなるメニューの約半分を食べ終えるなり「もう十分」と箸を置いて頬杖を付くような男の傍に居るのでは、只の大食い女と思われて仕方のない事なのだろう。 一回り近くも離れている恋人を相手に、である。 ・・・しかし。 今だけは、そんな哀れな女にも恰好の言い訳が許されているのだ。 「食欲の秋ですからっ。」 相手の顔色を確認することもなく、あかねは再び黙々と芋を頬張り出す。 神社に続く石段に腰を下ろす一組の男女。しばらく、二人の間には涼やかな風の過ぎる音だけが聞こえていた。 「”しょくよくのあき”、、、。」 ゴクンと。ようやくあかねの喉に最後のひとかたまりが通された頃に。 「あ、、、友雅さんわかりますか?」 「なんとなく、かな。ようするに、何か美味しい物を食べたくて食べたくて居ても立ってもいられない、といったものなのだろう?」 「、、、そういう身も蓋もない言い方やめて下さい。」 恰好の言い訳も、時の雅人には通じないのか。 「まあ、わからくもないね。私もそれと似たような、、、胸騒ぎをおぼえない事もないよ。」 「でしょー?」 「そう、いうなれば、、、。」 ”神子殿を欲しくて欲しくて仕方がない”----------- 「、、、とかね。」 「、、、、、。」 こういう時にどういう顔をして過ごせば良いのか、この男を恋人にして幾月が経った今も答えがみつからない。 誤魔化すために頬張る事のできる芋だって、もう無い。 「〜〜〜〜〜〜〜〜!」 空になった両手で頬を包み込むしかなかった。これを、せめて呆れたかのように頬杖をついた風に見えていれば幸いなのだが。 「、、、残念ですけど、友雅さん。」 「ん?」 「そういった”秋”は、ないです。」 「それはまた、どういうことかな?」 既に、何をいっても無駄だよ、とでも言いたげな顔付きである。どういうことか、などと素直に聞き手に回った如く話すが、その実どうだっていいと思っているのである。 「例えば、”読書の秋”、、、つまり良い本を沢山読むにはいい季節だよ、ってことなんです。」 「ああ、そう。」 「もー!」 まさか露骨に顔を背けられるとは思わなかった。 仕方ないと思いつつも、あかねは続ける。 「他にも”芸術の秋”とか。良い絵とか、音楽とかを、、、ほら、友雅さんも楽とか好きじゃないですか?」 「おや、どうしてそう思うんだい?君に一度たりとも、何か奏でて見せた事などなかった筈だけれどねぇ。」 確かにそれはなかった。あかねも、藤姫やその女房達からの噂で知っているだけなのであった。 「っじゃ、じゃあス、、、。」 -------ポーツの、と言い掛けて、やはりやめておいた。 「フフフ、困らせてしまったのかな?」 言葉の端に、またほんの笑いを含ませて問う。 「別に、、、そんな事ないです。」 いやある、というに相応しい膨れっ面で、あかねは答えた。 「なにもかもが、良いのだよ。神子殿。」 秋はね、と。 あかねが見た時、友雅の瞳は遠く向こうを示していた。 目の前に開ける四条通りから、ほぼ真っ直ぐに---------空に移していけば、西に沈みゆく夕暮れが、今まさに山間を紅く染め上げようとしている。 「待ち遠しかったものだ、君とこうして眺められるのをね。」 思えば。 この季節を迎えるのに、随分と時間がかかってしまった。 あのまま残っていれば、すぐに迎えられた筈の。 「、、、うん。」 この人は、今までどんな夕日をみてきたの。 「変わらないね、美しいものは。」 今この夕日を見て、何を思っているの。 「そして、君も、、、。」 いつの間にか。 魅せられている隙に、温もりが近付いていて。 触れて、感じて。 「好きだよ、あかね。」 恥ずかしすぎる台詞を、いとも簡単に吐き出す唇は。 こんなにも熱い、吐息を隠してる。 「わたしも。」 肌に当たる風は時々、つぎに迎える季節を思わせるのに。 空がこんなにも紅いのは、きっと。 「好き。」 夕日が貴方の顔を、髪を。 どんなに紅く染めたとしても、かなわない。 いつも誤魔化されてて見えないけど。 こうして触れてると、わかるの。 あの色はあなたの中にあるもの。 「っく、、、、フフ、、、あははははは!」 「?な、なんですか?友雅さん、、、。」 「ご馳走様。なかなか良いものだねぇ”しょくよくのあき”とは。」 「っ、、、私は食べ物じゃありません!」 ほら、やっぱり。 「神子殿は美味しくなかったのかい?」 「え、、、いや、そういう訳じゃなくて、、、。」 途端に涼やかになるんだから。 「、、、そういう秋も。」 「ん?」 「〜〜〜〜っ、だから、そういった”秋”もあるかも知れないですね、って事です、、、。」 影は二つに分かれ、 「-----------っ!」 あかねは飛んだ。 「、、、おやおや。」 着地した石段の前、一息ついて見上げた空は。 (綺麗だね。) 夕日、それとも貴方。 こんなにも私を染めてしまったのは・・・ 「、、、?なんだね、そんなお顔をして。」 「ふふふ、これも美味しいですよ?」 貴方がくれた、実りの秋。 だから今度は、もっと美味しい秋を貴方にあげるね。 〜完〜 |
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しずおとめ/インディ 様 |