私が染める、君の色。

= 紅葉色の貴方。永久に… =






――秋の京。
雅なる都を飾るのは、天衣かと、見紛う程の綾錦。



緋色、丹色、柿色、橙。



あれは銀杏か、山吹、黄金。



仄かに残るは、萌黄に常磐。





天が賜うたこの景色、風光明媚とは正にこの事。










「随分と秋らしくなってきたとは思わんか?友雅。」
「主上。」
「山々は紅葉し、日も短くなり、風も漫ろ寒い。」
「主上。」
「これからが厳しい季節であるには違いないが、それもどこか趣き深いものだ。」
「主上。」

この京で至上の地位につく帝の言葉を、ことごとく無視し
友雅は厳しい顔で詰め寄る。
その友雅の頑なな態度に、帝はとうとう諦めの息を吐いた。
「友雅。どうした、お前らしくないではないか。」
「その理由は主上が一番よくお解かりかと存じます。」
「…お前の言葉が刺々しく感じるのは気のせいだろうか?」
「主上がそう感じるので、そうなので御座いましょう。」
…はぁ、帝は友雅の一歩もいかないような態度に再度ため息をついた。

幼い頃から見知っており、帝になってからは『左近衛府少将』として常に傍近くにあった
この優雅で冷静な男は、何よりも信頼している男だ。
だが、その男は自分に不遜な態度をとった事など一度もないし、常に自分を帝として扱っていた。
幼い頃はそれが少し寂しかったことを覚えている。

そんな男だから今、こんな怒り露わにした、しかもその怒りを真っ直ぐ
帝である自分に向けてくる態度は、実は内心驚愕していた。
確かに、『友雅が怒るであろうことが予測出来ていた話』なので今更ではあるが。

――…まさか、ここまでとは思わなかった。
それ程、友雅の顔は冷たい怒気を帯びていた。



「全く、本当にお前らしくないな友雅。――以前からあった話ではないか。」
途中から徐々に帝も厳しい顔になる。最後にはもう為政者の顔つきになっていた。
普通の者ならば、この帝の覇気をまともに受けたらたじろぐであろうが
友雅はそれには全く動じなかった。
正面から受け止める。
「はい、御座いました。しかし、私はもう『結婚いたしました』。
 生涯、妻は彼女一人と心に決めています。」
「以前のお前は、私の命令ならば謹んで受けると申しておったではないか。」
「以前の私は、結婚する気など毛頭なかったので、それならば主上の意向に
 沿おうと思っておりました。が、今は違います。」



――そうだった。
京が龍神の神子に救われてすぐ、この男は結婚をする旨を直接言いに来た。
それ相手こそが彼の龍神の神子姫で、彼女一人で充分と寧ろ充分すぎるとまで言ってきた。
その時は、この恋愛には冷徹な男をここまで変えた神子姫に少し興味を覚え
何より、気の知れたこの男の恋を叶えてやりたいと思っていた。





しかし、それが今回のことの発端だった。





友雅は本日催された宴の席にて、ある男に縁談の話しを持ち込まれた。
友雅はその場で、聞く気も無いと言わんばかりに断ったのだが
その男は負けじとこう言ったのだ――「これは主上御意向ですぞ。」と。
友雅はその言葉を聞いても、さっさとその男の前から去った訳だが
その足で向かった先は真っ直ぐ帝の居る所だった。
宴の所為で、直ぐに話しは出来なかったが、宴が終った今
夜も遅いのにこうやって、人払いをして一対一で話をしている。



「確かに、あの話をしてから随分と経つ上に、お前は妻を迎えた。」
「っ、ならば!」
「『だから』なのだよ、友雅。お前が彼の姫を迎えたからこそ
 以前以上に問題となっておるのだ。」
友雅はその言葉に、口を固く一文字に引き結んだ。
状況は分かる、分かるが到底受け入れられる訳が無い。

それは――。

「龍神の神子を助ける星の一族は左大臣家。

 元々、中宮の親として多大な権力を持っていた左大臣家であるのに、

 そこに龍神の御使いである神子が降臨され、見事京を救った後は娘として迎えられた。

 更に、だ。私の懐刀とまで言われているお前がその神子を娶ったとなれば、わかるだろう。

 左大臣の力ばかりが大きくなり、偏って、政治が乱れる。――私はそれを食い止めねばならない。」

それは為政者として正しい判断である。
帝に並ぶ、否、龍神の神子のことを考えてしまえばそれ以上の力を持ってしまったかも知れない左大臣。
こういうような、帝より強い権力を握った人物は過去の歴史に何度も登場した。
しかし、そういうときは、必ずと言っていい程、国が荒れるのだ。

あの切れ者の左大臣がそんな馬鹿な行いに出るとも思えないが
不安の芽は摘まなければならない。

「…左大臣様も、それはよくお解かりでしょう。
 ですから、あの方は以前より質素に振舞われております。」
友雅はまだこの件を流す手段はある、と反抗の姿勢を崩さない。
確かに、左大臣のこの頃の姿勢は余計な争いごとを避けているような風がある。
元来、権力を求めはしても、それを敢えてどうこうする様な男ではなかったが
近頃ではそれが顕著である。

「そうかも知れないな。」
帝はそれを潔く認める。何しろそれは事実なのであるから。
しかし、だからと言って引き下がった訳ではない。
「…まだ何かおありか。」
「しかし、あの男――右大臣は恐れているのだよ。
 だからお前に直接話を振った。お前が無礼に断っても、猶食い下がった。」

あの、宴の席で友雅にこの縁談の話しを振ってきたのは
この京で帝を除いて、左大臣に並ぶ権力を持つ右大臣その人だった。


権力の二極化。右大臣と左大臣。
これは、ぱっくりと二つに分かれていれば問題は無い。
牽制しあいながら、きちんと政治は行われていく。
だが今回は、その二分化されるはずの権力が一方に偏っているから悪いのだ。



友雅は瞑目した。状況は分かる。
しかし、以前の自分ならば受けたであろうが、今は違うのだ。
「私は……断らせていただきます。」
「…勅命だと言ったら?」
友雅は閉じていた目を、見開いて
目の前の厳しい顔の男を、無礼という観念はもう頭に無く、じっと見つめた。
それ程に驚く発言だった。

勅命――帝の最高権利を用い、有無もなく従わなくてはならない命令。
それを断る事など出来るはずも無く。

断ることは罪である。その罪万死に値する。



友雅は何も言えなくなってしまった。
「・・・・・・・・・・。」
「よく考えろ。友雅。新しい花を添えることを
 神子姫殿に言えぬのなら、事の次第を私が直々に文にてお伝えする。」
「っそれは!」
「神子姫殿が拒んだとしても、結果は変わらないが…。」
そう言いながら帝は、すっと立ち上がった。

「これ以上の話は無用だ。退がれ。」
帝は射るような視線を友雅に送った後、振り返って奥に引こうとした。
奥の御簾を上げたところで、ぴたりと止まる。
「分かっているだろうが――相手は前帝との間に出来た
 右大臣の娘、淑景舎の更衣殿の娘だ。私の異母兄妹だな。」
最後の一言を止めと言わんばかりに呟いて、そこを去っていった。






帝がこの場を去った後、張り詰めていた糸がぷつりと切れて、かくんと力が抜けた。
友雅は、愕然と項垂れる。
こんな事になるとは思ってもいなかった。

頭の中で、帝の言葉が何度も何度も繰り返された。




暫くそうやっていた友雅は、よろよろと俯いていた顔を上げる。
友雅は急な事態の渦に、酷い眩暈を覚えながら
力なく立ち上がった。

「取り合えず、今のところは帰るしかない…か。」

――守ると誓った筈の自分の無力が、悔しいほどに身に沁みる。



……何故か無性に愛しい人の――顔が、声が、ぬくもりが欲しかった。
















帰り道。
もう辺りはすっかり暗くなってはいたが、足元に不安を覚える事は無かった。
それほどまでに今日の月は見事で、痛いほどに眩しかった。

「この時間だったら、もうあかねは寝てしまっているかな…。」

いつも寝ずに待っていてくれる幼い妻に、自分は何度も「先に寝なさい」と言ってきたが
今宵は待っていて欲しかった。
友雅はそんな自分勝手な己に苦笑した。





さして長い道のりでは無い筈なのに長く感じた帰り道の末に
ようやく着いた己が邸は、もう灯台の火の気すらない。動く人の気配も少なかった。
友雅は迎えてくれた幾人かの女房に、礼ともう早く寝るように告げて
足早に寝所に向かった。

寝所に向かう最後の角を曲がった時、友雅は寝所の明かりを探した。
しかし、そこにちらりとも見えない明かりに、はぁと深い溜め息をついた。
「全く……寝てなさいと言ったのは自分であるのに。」
嘲笑を浮かべながら、そう呟いたとき――ぽっと、寝所の奥で火が灯るのが見えた。
そして、その明かりに映し出された人の影が動く。
こちら側に面した御簾が僅かにゆれ、次いで完全にぱらりと捲られた。

「…友雅さん?」

御簾の裏にある黒い影から、ちらと出てきた顔は
見間違えるなどあろう筈の無い、今一番欲していた人のものだ。

寝ているとばかり思っていた友雅にはそれは嬉しい驚きだった。
あかねも友雅を見つけるや否や、ぱっと笑顔を浮かべて
驚きで立ち尽くしている友雅の元に走り寄った。

「おかえりなさいっ友雅さん!」
「…あかね、起きてたの?」
「あ、えーっと…『寝てなさい』って言われたのに起きてて怒ってます?」
「怒っているわけが……。」

――ない。
今日だけは待っていて欲しかった。
自分の無力さに嫌気がさして、自信も、余裕も何もかも失ってしまっている
今だからこそ、何よりも愛しい人の腕の中で休ませて欲しかった。
名前を呼んで、消えそうになっていた確固たる己の存在を確かめたかった。

――本当に、情けない。

友雅はあかねを抱きしめた。
欲していた人を求め、確かめるように強く抱きしめた。

あかねはそんな、どうも様子のおかしい友雅に不安になったが、
一瞬のうちに友雅の寂しさを汲み取り、柔らかく微笑んで自分も友雅の背に腕を回した。
そして優しく、穏やかな声でもう一度言葉を繰り返した。
「お帰りなさい、友雅さん。お疲れさまでした。」
友雅はあかねの包み込むような優しい言葉に、歓喜で胸が苦しくなった。
「あぁ、ただいま。あかね。」

どうやら気持ちが浮上しつつある友雅に、あかねはほっと安堵の息を吐いた。
ぽんぽんと回していた手で背中を叩く。
「もう冷える季節だから、早くお部屋に入りましょう?」

季節で言えば、秋の中頃を過ぎた今は
日が出ている時刻ならば大して寒さを感じないが日が落ちると一気に寒さが身に沁みる。

労わる言葉に、胸を震わせながら友雅は「そうだね。」と呟いた。
惜しむように腕の中からあかねを解放し、部屋に入る。



――友雅は解放しても猶、あかねの肩に自分の腕を回して、これ以上離れようとはしなかった。





「友雅さん、どうします?すぐ寝ますか?」
邸に迎えてから半年――漸く、妻の仕事に慣れてきたあかねは
友雅の上着をきちんと記帳に掛けて、部屋着を片手に聞いてきた。
確かに、もう夜も遅い上、今ここで寝ないと明日の出仕に差支えがあるかもしれない。
が、友雅はまだ寝たいとは思わなかった。
「いや。……ちょっとお酒を過ぎてしまったようだから、それを冷ましてから寝るよ。
 あかねはもう寝ていてもいいよ?」
友雅は内心と正反対の言葉を口にした。
本当はまだ一緒に居たかった。
他愛のない言葉でもいい、あかねの声が聞きたかった。
しかし、そんなあかねからすれば傍迷惑な要求を
自分の所為で無理強いさせたくなかった。

あかねは友雅の瞳をじっと見つめる。

そして、そんな友雅の内心を知ってか知らずか
あかねはにこりと笑って、御簾を上げた庭に面している所に腰を下ろした。

「実は私もお昼寝しちゃった所為で、目が冴えて眠れなかったところなんです。
 お話し相手になってくれますか?」

さり気なく自分に助け舟を出してくれる優しい妻に、友雅は感極まるような心情だった。
「こちらこそ、喜んで。――ありがとう、あかね。」
その感謝の言葉に、あかねはまた微笑んだ。



「庭が色付いてきましたね。」
「そうだね。随分と涼しくなってきたしね。
 『小倉山あらしの風の寒ければ 紅葉の錦着ぬ人ぞなき』かな。
 ――そうだ、今度君に紅葉の襲でも送ろう。さぞ君の髪にも映えるだろうね。」
友雅は隣りに座るあかねの髪に触れた。
さらりと絹のように細くて指通りの良い髪は、もう肩を越している。
「この間も秋の襲を何着か揃えて下さったじゃないですか!
 私はもう充分ですから、友雅さんの新しい直衣でも作って下さい!」
普通の姫なら躊躇うことなく受け取る贈り物も、あかねは断る。
貰ってばかりで悪いと言い、お気持ちだけでも貰っておくと言う。
そんな可愛らしい遠慮が、歯がゆく思うときもあるが、あかねの美点の一つだとも思う。
「ふふ、もうこんな歳の私が着飾ったってなんの意味もないよ。」
「平気です!友雅さんはまだ十分若いです。」
「おやおや、嬉しい事を言ってくれるね。
 ――でも、私としては色んな色に染まる君の姿が見たいのだよ。」
耳元に口を近づけて、態ととしか思えないほど甘く囁いた。
あかねはばっと顔を友雅から離した。その顔は火が出るように赤い。
「もぉ〜っ!何言ってるんですかぁっ!!」
「季節を纏う麗しい姿を、見せるのは私だけにしておくれ。」
「っっ!!??」
更に顔は赤みをます。
何時まで経っても慣れない、可愛らし反応に
友雅は怒られると分かっていても笑ってしまった。
「くすくす、本当にあかねは可愛いね。」
「もうもうっ!友雅さんなんか知りません!!」
「あぁ、怒ってしまわないで。
 怒る姿も可愛らしいが、笑ってくれたほうがもっといい。」
「とっ友雅さんの馬鹿ぁっ。」
美しく、甘い確信犯にあかねはいつも振り回される。





――何時までもこんな時間が続けばいいのにと思う。



二人だけで、言葉を交わして、愛を交わす。



それだけで自分は満ち足りた幸福に酔うことができる。



他には何もいらない。



あかねだけでいい。

あかねだけがいい。

あかねしか、いらない。





「…ねぇあかね。こちらを向いて?」
突然、先程の調子のいい声色が一転して
乞うような、縋るような声に変わった。
あかねは驚いて、背けていた顔を友雅の方へ戻した。
見つめ合った瞳は、深く、僅かに揺れていた。
どうしたんですか、とあかねは問おうとしたがそれを言う前に
深く深く抱きしめられてしまった。
「あかね、愛しているよ。」
「…友雅さん?」
「私は君だけでいい。いや、あかねしかいらないんだ。」
友雅の飾りの無い告白に、あかねの胸はとくんと高鳴った。
でも、気になるのが、まるでその言葉は自分に言い聞かせているようで…。
「愛している。」

「――友雅さん。」
友雅の広い胸に顔を寄せていると、心拍が凄く近くで聞こえた。
それは、信じられないほどに早くて、一つ一つが強かった。

それがあかねには何かの悲鳴のように聞こえるのだが――多分、間違いないだろう。

あかねは一回りも年上のこの男が、寂しさに敏感で、臆病なのを知っている。

「友雅さん。」
あかねの呼びかけに、友雅の腕がふっと緩む。
あかねは胸に寄せていた顔を上げて、鼻の先が触れ合うくらい近くで
友雅の寂々とした色の瞳を見つめた。

――貴方に、これだけは知っていて欲しい。信じて欲しい。

「友雅さん、私も友雅さんが大好きです。
 友雅さんが一番で、友雅さんしかいらないからこそ、私はここに残ったんです。」

予想外のあかねの言葉に友雅は驚いた。

「私は、友雅さんが願うなら、何時でも何時まででも傍にいます。
 だって、私は友雅さんのものですから。」

ふわりふわりと優しく積もる言葉に、友雅は甘美な痺れを感じた。

――あぁ…、いつもこうやって彼女は私の『今一番欲しい言葉』をくれる。

それは美酒のように、友雅を気持ちよく酔わせるのだ。



あかねは触れるだけ口付けを友雅の唇に降らせた。


「どこまででも一緒です。大好きですよ、友雅さん。」



そう言った時のあかねの頬は、色鮮やかな紅葉色。
初々しくもあり、艶やかでもあるこの色に、友雅は囚われるように魅せられる。

その少女が作り出す美しい一場面に、さぁっと風が吹き、薄桃色の髪も混じった。


――花紅葉。


盛る姿は美しく、散りゆく姿は実に儚い。
それらは儚いからこそ、美しく。
そして美しいからこそ、儚いのだ。

春の桜と秋の紅葉。

春と秋という、正反対に位置する季節の象徴とさえ言われ、
共に並ぶ事など有り得ないこの二つだから、花紅葉という言葉が出来たであろうに…。

この少女は見事にそれを具現化して魅せた。





友雅は目が覚めたような気がした。
動揺した自分が突然、滑稽に思えてきた。
――何を迷っていたのだろう。お互いに必要なのはお互いの存在だけで、他は何も要らないというのに…。



「…ねぇ、あかね?もし私が、大切なものを守るために
 京を追われる事となってしまったら――その果てが何処でも、君はついてきてくれるかい?」



その友雅の問いに、あかねは包み込むような優しい深い笑みを浮かべた。
もう二人には、これ以上の言葉は要らなかった。
















未だ宴の華やかさを残した朝の清涼殿。
友雅は再び、帝の元に訪れていた。

「朝早くから、仕事熱心だな。友雅。」
「朝早くから申し訳ありません、主上。」

そうして深々と頭を下げる。
帝はそれに「よい」とだけ言うと、友雅は顔を上げた。
その上げた時の友雅の表情に帝は目を見張った。
昨日の愕然としていた陰のある表情は、今一欠けらも見受けられなかった。

「先日のお話ですが。」
先手を打たれた。
帝は、友雅が面会を求めていると聞いたときから大体話しの内容は読めていたが
突然、しかもあちらからその話を切り出されるとは思っていなかった。
何せ、昨日、あれ程困惑していた友雅を見ていたら
一日で答えを出してくるとは到底思えなかったからだった。

――まぁこちらにも『新しい進展』があったから、どちらにしても話をせねばならぬのだが…

「どうだ?答えは。」
その帝の言葉に友雅は悠然と微笑を浮かべて答えた。
「お断りさせていただきます。」
「…ほう?この京を神子と共に追われる事になってもか。」
「はい。そうなりましたら、二人で遠くの国にでも移り住みましょう。」
あっさりと凄いことをいう友雅に、帝は頭が痛くなった。

「…友雅。」
「『新しい花を添える』と帝は仰りましたが、彼の姫は花紅葉の君。
 これ以上、見事な花がございましょうか?」
「花紅葉、か。」
「はい。桜の色の髪を揺らせて、紅葉の色に頬を染めるのです。
 ――桜は元々彼女が持ち合わせる色ですが、紅葉は私が染め上げるのです。
 男冥利に尽きましょう?」

堂々と、恥ずかしげも無く、己に向かって惚気を語るこの男に
帝は言葉もなくなったが、次第に笑いが込み上げてきた。

「あはははは!成程っ、お前はそんな花紅葉の君で十分と申すのだな?」
「はい。」

真面目に返してくる友雅に、また笑いが込み上げてくる。
どうしようもないこの男に呆れるが、少し羨ましい気もする。
しかし、それは帝という立場にいる自分が求めてはいけないものだから
無意識のうちにその感情を切り捨てた。

この以前とは、全くと言っていいほどに変わった愚かな男の惚気を
もう少し聞いてみたいと思わなくも無いが
それは不憫か、と思い直す。

「そのことなのだが、友雅。」
「はい、どうでしょうか。」
「昨夜お前と話した直ぐ後、永泉が左大臣を伴って私の元に訪れたのだよ。」
泰然と構えて帝と話をしようと思っていた友雅だが
その話は思わずそれが崩れてしまう程友雅を驚愕させた。
「永泉様と、左大臣殿が!?」
「そうだ。前からあった話だから、永泉は神子を心配して
 先手を打ってきたわけだ。左大臣とも話を付けてね。」
信じられない展開に友雅は耳を疑う。
「永泉とは思えない程、積極的な行動だとは思わないか?
 そしてその話しが『左大臣家の長子を右大臣家の姫と結婚させる。』というのだ。
 大体派閥内の結婚が常だが、派閥を隔て――しかもその筆頭と言われる左大臣と右大臣の婚約。
 更に、それが『長子』ときているのだから、一石を投じるのに十分と言えよう。」
帝は笑いながら、『新しい進展』を事細やかに説明した。
その笑いは当然、予想外の展開を面白がっているのもあったが
珍しい友雅の反応が面白いのもあった。
友雅は驚愕の表情から固まったままだった。

「そういう話ならば、と私が考え直そうとした時に永泉が
 『神子を悲しませるようなことをなさったら、たとえ兄上でも許しません。』
 と言われたよ。」
「永泉様が…。」
漸く零れた言葉は、以前八葉として共に戦った、あの心優しい僧侶の名前だった。

「そういう事ならば、と私はその話を承諾してね。
 今日、お前に話すつもりだったのだが、話の先手を取られたから少しの間聞き手に回ってみたわけだ。
 そしたら、どうしようもない惚気話が帰ってくるじゃないか…っはははは!」
「…主上。」
そういう話があったのなら、先に話して欲しかった。
確かに先手を取ったのは自分だが、途中で口を挿む事は不可能では無かった筈だ。
絶対、途中から好奇心が働いて、面白がっていたに違いない。

「友雅、すまなかったな。この話は無しだ。」
「…御意。」
友雅もとうとう、どうしようもないという風に苦笑を浮かべながら、頭を下げた。
内心では盛大に安堵の息を吐く。

「そうだな……詫びに何か贈ろうか。
 ――そうだ、紅葉の色に染め上がった美しい絹が届いたのだ。それを、花紅葉の君に贈ろう。」
「有難き幸せ。」





















――あかね、その絹で君に似合う上着を作ろう。

その色は、さぞ君を美しく引き立てるだろうね。





しかし、どんな美しい紅葉の色も
君が、私が、染め上げる君の頬の色には勝らない。





この手で染まる、紅葉色の貴女。永久に……







「私の傍に、いておくれ…。」








遅れてしまって、本当に申し訳ありません! 遅れた割には…な拙文ですが、友あかへの愛だけは大量に注いで書かせて頂きました。 『友雅祭』に参加させて頂きありがとうございました。
日のあたるばしょ/ひなた 様