尾花幻想

= すすき野原でつかまえて =



−3−



「・・・かね、あかね。そろそろその瞳を開けて、花の笑顔を私に見せてはくれまいか」

 ゆるやかに揺さぶられてあかねの意識が戻ってくる。こしこしと目を擦って瞳を開けると、そこには月光に映し出された愛しい恋人の微笑みが視界一杯に広がっていた。

「あ、友雅さん・・・おはようございます。・・・・・・ってええ!もう夜!?運動会は?もう終わっちゃった?友雅さん起こしてくれるって言ったのに〜〜!!」

いきなり跳ね起きたあかねに頭突きをもらわないようにうまく避けた友雅は目をぱちくりとさせてあかねが言っていることの意味が分かっていないようだった。

「あかね・・・何を言っているんだい?『うんどうかい』とは何のことかな?」

 今度はあかねが目をぱちくりとさせてハタと考える。
 よく見ると友雅は先ほどまでの体操服姿ではなくいつもの牡丹柄の直衣を着ており、自分もいつもの水干姿である。周りをくるりと見渡せば運動場など欠片も見あたらず、ただただ広大なすすき野原が月光に照らされて黄金色の絨毯を作り出していた。

「眠っている間ひどく楽しげだったけれど、まだ現の世界に戻られてはいないのかな?」
「あ・・・・・・・・・そっか。夢だったんだ・・・」

 よくよく考えてみればあれが夢の世界だったとすんなりと納得がいく。あの運動会は京の世界とあかね達の世界がごちゃ混ぜになっていただけではなく、京から退けた鬼や、封印して浄化した怨霊達も一緒に楽しんでいたのだ。現実の世界ではあり得るわけがない。

「ふふ、漸くこちらに戻ってきてくれたかな。分かるかい?今日は月見の宴のためのすすきを取りに来たのだけれど・・・」
「お月見・・・すすき・・・ああ、そうでしたね」

 そう、今日はお月見のためのすすきを取りに来ていた。あかねの世界ではなかなか見られない広大なすすき野原にすっかり興奮したあかねは、はしゃぎすぎてしまい、疲れて眠ってしまったのだ。

「残念だなぁ・・・もう少し夢の続きが見たかったのに」
「おや、現の私を置いて夢の世界に焦がれるとは・・・なんともひどい姫君だ」
「そうじゃなくて…ただ、夢の中の友雅さんと・・・」
「『ふぉーくだんす』とやらを踊りたかったのかい?」
「えぇ!!な、何で分かるんですか!」

 突然図星を付かれてわたわたとあかねが慌てる。
 運動会や体育祭が終わったあとに皆で輪になって踊るフォークダンス。勝っても負けても最後には全員で仲良く楽しめるフォークダンスが、あかねは好きだった。だから夢の中の運動会でも友雅と一緒に踊りたかった。
 しかし、現実の友雅にフォークダンスのことなど話したことはない。何故友雅が知っているのだろうか。

「ふふっ、あかねのその可愛らしい唇がね、なにやら囁きかけてくれるので聞こえてしまったのだよ」
「それって・・・私、寝言言ってたんですか!?は、恥ずかしい・・・」

 自然と熱くなる頬に手を添えて、あかねはなんとか平静を保とうとするがその手を友雅に取られて指先に口付けられては平静になどなれるわけがない。

「ねぇあかね。私にその『ふぉーくだんす』を教えてはくれまいか。そして現の私と踊っておくれ。貴方がいつまでも夢の世界に捕らわれていると思うと、気が気ではなくなるのだよ」
「友雅さん・・・でも夢の中の人も同じ友雅さんですよ」
「君という檻に捕らわれた男はね、例え夢の中であっても私でない私が君と話しをし、君に触れ、君を想うようなことは許せない。あかね、君は嫉妬に狂った醜い現実の私よりも、夢の中の私の方が──夢の中の橘 友雅の方が好きかい?」

 あかねはぶんぶんと思いっきり首を振ったあと、友雅の頬を両手でばちんと力一杯挟み込んだ。冷えた夜気に乾いた音が響き渡る。

「友雅さん、それ友雅さんの悪い癖ですよ。私が京の世界に残ってずっと一緒にいたいって想ったのは、ここにいる友雅さんだけです。夢の中の友雅さんより現実の友雅さんの方がずっとずっとず〜〜〜〜〜〜〜っと素敵。夢で友雅さんが言ってました。私はもっと自信をもっていいよって。だから私は現実の友雅さんに言ってあげます。もっと自信を持って下さい。私に愛されているという自信を。貴方が私に愛されているということを、私が貴方を愛しているということを、私の命をかけて保証します」

 あかねの顔がゆっくりと近づいて、唇と唇を重ね合わせた。しばらくの間互いの柔らかさを感じ合ったあと、またゆっくりと離れていく。

「夢の中の友雅さんには私、口付けしませんでしたよ。私が口付けたいのは、ここにいる友雅さんだけ。これでもまだ信じられませんか?」

 自分を真っ直ぐに見つめてくる瞳の、なんと美しいことか。友雅は数瞬の間魔に魅入られたように動けなかった。

「友雅さん・・・?」

 固まったまま動かなくなった自分を心配する声で、友雅は目を醒ました。

「あ・・・ああ、すまないね。君のあまりの美しさに見とれていただけなのだよ。」

 かろうじてそれだけ絞り出すと、友雅は頬にあるあかねの手に自分の手を添えて一旦瞳を閉じ、何かを決意したようにスッと開いた。

「そうだね、あかね。君を、君が私を愛してくれていることを疑うなんてことをして…悪かった。君の瞳はあまりにも真っ直ぐで翳りなどどこにもない。真実を貫く破魔の矢のような視線の前では、私の疑心など塵芥に等しい。許してくれるかい?君の夢の中にすら嫉妬する愚かな男を。自分自身にすら嫉妬し、君の視線を自分以外の誰にも注がせたくないと願う、情けない男を。」
「許します。というか、私は始めから怒ってなんかいません。だって友雅さんがそんな風に思うのは私を愛してくれているからでしょ。だから返って嬉しいくらい。でも、それで友雅さんが悲しんだり傷ついたりするのは嫌。友雅さんが悲しむと私も悲しいの。友雅さんが傷つくと私も苦しいの。だから信じて、元宮あかねが橘 友雅を愛しているということを・・・わぷっ!」

 そこまで言ったところでいきなり友雅があかねを力一杯抱きしめた。友雅の胸に顔を埋めたあかねの鼻腔に、侍従の香が優しく香る。

「ふふふっ・・・君は本当に油断ならない姫君だね。私をどこまでも絡め取って放してくれないのだから。先ほど夢の中の私が・・・と言ったね。夢ではなく、現の私の言葉を聞いておくれ。私は君を愛している。私が君を愛しているということ、君が私に愛されているということを、橘 友雅という男の命をかけて保証するよ」
「友雅さん・・・・・・大好き」

 あかねが友雅の背中に手を回し、胸元に額をぐりぐりと擦り付ける。そんな可愛らしい仕草に友雅はあかねの髪を撫でさすり、自嘲気味にぽつりと呟いた。

「しかし・・・あかねにいわれるまでこんな簡単なことにも気が付かないとは、年は取りたくないものだね。心も身体もすっかり弱くなってしまっていたようだよ」
「身体・・・はともかく、心が弱いって言うのは今に始まった事じゃないですよ。友雅さんの心は今までもずっとずっと弱かった。弱くて、臆病で情けなくて・・・でもね、そんな友雅さんだから私は好きになったんですよ」
「おや、言うね、あかね」
「ふふふっ」
「ふ・・・ははははっ」
「あははははははは」

 月光に照らされたすすき野原に二人の笑い声が響き渡る。なんだか今までの自分たちがバカらしく思えて、でもとても楽しくて、幸せで幸せで仕方がない。そんな透き通るような笑い声が互いの胸を優しく満たしていった。

「くすくす・・・ね、友雅さん。一緒にフォークダンス踊ってくれませんか?」

 ひとしきり笑い終わったあと、あかねは友雅の腕の中からぴょんと抜け出して、その場でくるりと一回転してから言った。

「私が愛するただ一人の姫君からの誘いを断れるとお思いかい?お誘い感謝するよ。謹んでお受けいたします」

 そう言うと友雅は立ち上がり、いつもの艶めいた笑みではなく、無垢な子どものように笑ってあかねの手を取った。

「それじゃ、よろしくお願いします。本当はもっと大人数でやる物なんですけどね。まず女の人が左側に、男の人が右側に立って手をこうやって・・・はい、そうやって組むんです。そしたら右足から2回ずつ前に出して・・・」

 二人だけでいつまでも続く月夜の舞。黄金色に輝くすすき野原を、撫でるように秋風が吹き抜けていく。


「ホント、恋は盲目よね。目の前にあるものまで見えなくなってしまうんだから・・」


  あかねの耳に、夢の中での蘭の呟きが、溜息混じりに風に乗って届いた気がした。






【了】







 他の方々の素敵な作品が集う中、こんなみょうちくりんな作品を最後まで読んで頂きありがとうございました。遙かを知って、遙かにはまってまだ1年も経っていない若輩者ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

 寝ても覚めても友あか妄想でいっぱいな私にとってこちらの企画は涎ダラダラの素晴らしいもので、主催のお二人にはいくら感謝してもしたりません。

 素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございました!!
 友あかは永久に不滅です!!!
戯れの宴/橘 深見 様