(後編)
「・・・・・。」 「・・・・・。」
なんとなく気まずい空気が流れる。
「・・・全く白虎のヤツ・・・。」
友雅がボソッと文句を言った。 その顔は、今まで見たこともないくらい赤くなっている。 こんな友雅は初めて見た。 あかねは目をぱちくりとさせていたが、くすくすと笑い出した。
「・・・あかね?」
困ったように顔を赤らめる友雅に、あかねは笑いを止めることができなかった。
「・・・そんなに笑わないでくれないかな。」
困り果てた友雅に、あかねはぎゅっと抱きついた。
「よかった・・・。」 「え?」 「私、てっきり私が子供だから、友雅さんが相手してくれないのかと思ってたの。」 「あかね・・・。」 「言ってくれたらよかったのに・・・。」 「・・・そんなこと、言えるわけないだろう? この年で経験がないなんて、自慢にもならない。」 「どうして今まで経験なかったの? 友雅さんならきっとよりどりみどりだったはずなのに・・・。」 「それは・・・。」
友雅が口ごもる。
「言えないこと?」
あかねが心配そうに言う。
「いや。・・・笑わないかい?」 「笑わないよ。」 「私は・・・、愛してもいない相手とどうしてもそういうことをできなかっただけだよ。そういう行為は愛する人とだけ、と思っていたんだ。・・・少女趣味、と言われそうだがね。」 「友雅さん・・・。」
あかねが微笑む。
「・・・笑わないって言ったじゃないか。」
友雅が恥ずかしそうに顔を背ける。
「笑ったんじゃないの。嬉しかっただけ。」
あかねが友雅にぎゅっと抱きつく。 友雅の胸に顔を埋めたまま小さな声で言う。
「・・・じゃあ、私とは?」 「・・・え?」 「私とするのは・・・、いや?」 「あかね! そんなことない。君は・・・、私が初めて愛した女性だ。初めて・・・、抱きたいと思った。」 「本当?」 「ああ、本当だ。手を出したくてたまらなかったけど、でもどうしたらいいのかわからなかったんだ。この年になって、その、経験がないだなんて、あかねが引くんじゃないかと思って・・・。」 「友雅さん。」
あかねが顔を上げて友雅を見た。
「私・・・、今とっても嬉しいの。」 「・・・嬉しい?」 「うん。友雅さんが女性とそういうことしたことがないって聞いて。」 「そう・・・なのかい?」 「だって、私だけの友雅さんってことでしょう?」 「あかね。」 「私は友雅さんだけのもの。友雅さんは私だけのもの。こんなに嬉しいことないよ。」
友雅も笑顔になった。
「そうだね。私も嬉しいよ。」
友雅はあかねにキスした。
「私たちは、お互いだけのものだ。一生、ね。」 「うん。」
再び口付ける。 今までにないほどの深いキス。 唇が離れると、あかねはほぉっと息をついた。
友雅があかねの唇をなぞりながら囁いた。
「・・・もうあかねには全てばれてしまったし、もう・・・、我慢しなくていいかな。」 「友雅さん。」
友雅の言わんとしていることがわかり、あかねは顔を赤くした。
「・・・うん。」
友雅にぎゅっと顔を押し付けて、あかねは小さく頷いた。
「・・・慣れてないから、痛い思いをさせるかもしれないよ?」 「友雅さんなら平気。」 「・・・嬉しいことを。」
友雅があかねをきつく抱きしめる。
「・・・できるだけ優しくするように頑張るよ。」
友雅はあかねを抱き上げ、寝室へと消えて行った。
***
気だるさの中にも多分に甘さを含んだ空気の中。 あかねはタオルで友雅の汗を拭いてやる。 友雅もあかねの全身を清めてやった。
「・・・大丈夫だった?」
友雅が心配そうにあかねに聞く。 あかねは笑って友雅の頬をなでた。
「大丈夫。そりゃあ痛くなかったって言えば嘘になるけど、友雅さんとっても優しくしてくれたし。私、すごく幸せ・・・。」 「本当かい? よかった・・・。もうしないって言われたらどうしようかと思ってたよ。」
ほっとした様子の友雅に、あかねは微笑んだ。
「愛する相手と契ることが、こんなに気持ちよくて幸せなことだとは思わなかったな。」
友雅もあかねを腕に抱いて嬉しそうに言う。
「友雅さん・・・、気持ちよかった?」 「そりゃあね。」 「なんだか、嬉しいな。友雅さんが気持ちよかったなんて。」
あかねもぴとっと友雅にくっつく。 肌と肌の触れ合いが、なんだか気持ちいい。
「ねえ、あかね。」 「ん? なに?」 「えーと、もう一回・・・いいかな。」 「・・・え?」
あかねの返事を待たずに、友雅の手がうごめき始める。
「ちょ、ちょっと、友雅さん。」 「自分でするのとは全然違う・・・。あかねとするのはたまらなく気持ちいいよ。」 「で、でも・・・。」 「あかねの身体を味わった後は、自己処理なんてできないよ。ね? いいだろ?」 「あんっ!」
未知の世界を知ってしまった友雅だから、きっともう抑えることは不可能だろう。 あかねは自分の息が再び弾んでくるのを感じながら、友雅さん、今まで自己処理してたのかあ、などとぼんやり思っていた。
再び学校のお昼休み。 お弁当を食べながら、またこそこそと話が始まる。
「それで、初めてはどうなったの?」 「ああ、うん、なんとか。」
これを言ったのはあかねではない。 この前、そろそろいいかな、と話していた友人だ。
「じゃあ、やったんだ。」 「うん。」 「それで?」 「それでって?」 「今の気持ちは?」
幸せ、と言うのかと思ったら。
「なんだかたいへん。」 「え? たいへん? どうして?」 「それがさあ。」
友人が困ったように声をひそめて言う。
「もう、いつでもどこでもって感じで、すごく困ってんの。」 「え?」
あかねはどうして?という顔になる。 経験のある友人はやっぱりね、という顔になる。
「覚えたてはねえ。そういうもんだよ。」 「もう、猿よ、猿! 会えばいきなりやりたがるし、こっちは余韻に浸りたいのにすぐまたしたがるし。」
友人はちょっとうんざり、という顔だ。
「この前なんか、学校でし始めようとして焦っちゃったよ。いくらなんでもそんな節操のないこと、私は嫌なんだよね。」 「まあ、やりたい盛りの男の子だからね。仕方ないよ。」 「あ〜も〜、なんだかガツガツしてるようでやだな〜。ね、ね、あかねももうした? 年上の彼と。」 「え? あ、うん、まあ。」
嘘をつく必要もないのでそういう返事をしたのだが。
「やっぱり大人の彼だとよかった?」 「そ、そんなのわかんないよ。私だって初めてだし。」 「そっか。比べる相手がいなきゃわかんないよねえ。あー、やっぱりあかねがうらやましい!」 「え?」 「あれだけ大人だとさあ、余裕ありそうだよね。自分のことより、相手のことを考えてくれそうじゃん?」 「そうだよね〜。やっぱり大人が相手だといいよな〜。」
友人二人にうらやましがられて、あかねは本当のことが言えなくなってしまった。
覚えたては抑えがきかない。 これは、いくら大人の友雅でも例外ではないようで。 おまけに大人な分気持ちの上ではまだ余裕があるのか、あかねをじっくり観察しながらいろんなことを試してくる。 自分が今何されてるのかわからなくなることもしばしばで。 とても口に出しては言えない様々なことを仕掛けてくるのだ。
気が付けば朝になっていた、ということもよくある。 その日の授業なんて、頭に入ってくるわけもない。
あかねの両親も、友雅にうまく丸め込まれてほとんど半同棲みたいになっていても何も言わないし。
大人には大人の性質の悪さがある。 しきりに自分をうらやましがる友人に、そう言いたくても言えないあかねなのだった。
−終−
(2006.5.1)
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