白い閃光

=友雅なのに勃起不全!?=



2006/6/23

 白い閃光

- 友雅なのに勃起不全 -





世の中にある物語の中で、愛し合うもの同士が初夜を迎え、ピロートークを始める時、こういう台詞は在りがちなのかもしれない。
 特に女が初めてだった時―――

「すまなかったね…」

 男がバツが悪そうに、女に謝罪する。
 続きといえば、相場としてはこんなところだろうか。

『手加減してあげられなくて』
『夢中になってしまったんだよ』

 よくある話である。



*****





 遙か1000年も昔、鬼と朝廷が争いを続ける京の都―――平安京に、異世界から龍神の神子が遣わされた。
 鬼による穢れや怨霊に悩まれた京も、神子の決死の覚悟による龍神召還によって清められ、その名に相応しく平安が訪れる。

 さて。
 このお話は、元の世界には戻らず、穏やかさを取り戻したこの京で、生きてゆくこと決めた龍神の神子こと元宮あかねと、帝の懐刀と称される左近衛府少将、橘友雅が無事に初夜らしきものを遂げるまでの物語り―――



*****




 触れ合う肌と、乱れてゆく吐息に、くらくらと眩暈がする。幸せすぎて。
 ふたりのいる御帳台から少し離れたところでは、侍従香が焚かれ、ほのかに甘く上品な香りを届けてきていた。濃密になってきている互いの香りと混じり合って、その甘さがぐっと濃くなる。

「ともま…さ、さん……」
「神子殿……」

 唇が触れそうなほどの距離で見つめあい、吐息混じりに互いにしか聞こえない声で愛を囁きあう。
 あかねが初めて友雅と逢ったとき、まさかこんなに好きになるとは、想像もしていなかった。突然、この異世界に人知を超える大きな力で連れて来られ、どこかもわからず、一緒に居たはずの友人とは離れ離れになり、ひとりで京の町をさ迷うしかなくて。身なりの異なりに、京の人々にじろじろと見られ、随分と心細かったことを覚えている。
 彼に出逢ったのはその時―――突然、後ろから抱きしめられて驚きのあまり思わず叫んでしまった。直後、地面に亀裂が走って、何が起きているのかわからずパニックに陥って。彼は『やれやれ…悪ふざけが過ぎてしまったかな……君の中の龍神をそれ以上目覚めさせてはいけないよ』と。心底困ったようなその表情を思い出し、それほど昔のことではないのに、懐かしさにじんわりと心が温かくなる。
 ひと目惚れではなかったから、それほどドラマチックな出逢いではなかったかもしれないけれど。
(友雅さんと逢えて良かった)
 友雅の髪が身体に触れて、肌を滑り落ちるだけで、あかねの肌が官能に震える。
 男と身体を合わせることは、あかねにとっては初めての行為ではあったが、そんな不安も目の前にいる恋したひとがすべて消し去ってくれていた。

「わたし…もう…」

 はやくひとつになりたいと、未成熟なはずの身体が疼きを訴えてくる。
 あかねの太腿に触れている友雅自身も、大きく張り詰め灼熱の楔のごとく脈打っていた。

「私も限界のようだよ……こんなにも堪え性がなかったのかと自分で呆れてしまうほどに……君が可愛くて…愛し過ぎて……どうにかなってしまいそうだ」

 熱っぽい眼差しと、擦れたような甘い声で、あかねへの愛情が如何に深いものかを告げていた。

「うん…わたしも……」

 だからはやくきて、とあかねは腕を伸ばして、友雅の首に絡めると引き寄せた。
 身も心もひとつになって、これからの人生を生きてゆくために。
 今日は特別な日になる。
 友雅の口付けを受け、熱くとろけた身体の中心にあてがわれた友雅の熱を感じながら、あかねは幸せに酔いしれた。

「神子殿…私のあかね…もう、月には帰さないよ」

 そう友雅が囁いた瞬間、脳裏に両親の顔が浮かんだ。
 あかねの過ごしていた世界を、ずっと『月』と揶揄した友雅の言葉に触発されてしまったのだろう。
 本来ならば、付き合いの中で両親に彼を紹介し、いつの日か家族や友達に祝福されて結婚式を挙げ、新しく愛する人との生活を始める。漠然とはしていたものの、それがあかねの理想であり、希望でもあった。
 帰る道も用意されていたが、この世界に残ったのは、彼に恋をし、彼の育ったこの世界を、鬼の脅威が去ったばかりの、まだ赤子のようなこの京を見届けたかったから。それに他ならない。
 両親は心配しているかもしれない。そう思うとやりきれない。
 けれど、もう決めてしまった。
 ここに残る、と。
 彼の傍にいると。
―――絶対に幸せになるから…許して…
 一瞬、白い閃光が走ったように思えた。
(気のせい…かな?)
 しかしその直後、すっ…と、彼の熱い身体が離れていった。
 ひやりとした空気に晒されて、肌にざわりと鳥肌が立つ。
 あかねは我に返り、顔を上げる。
 つい先程まで、情熱的に愛してくれていた友雅のその表情が、ひどく強張った蒼白ともいえるものに変わっていた。

「…と、友雅さん?」

 恥ずかしさに脱がされた単衣を引き寄せながらも半身を起こし、距離を置いてしまった友雅に、眼差しで「どうしたの?」と、問う。
 けれど、視線を合わせてもらえないまま、友雅もまた、静かに夜着を手に取り袖を通しはじめていた。

「あ、あのっ」
「ん?」
「…あの……」

 どう言っていいのか判らず、あかねは歯切れの悪いまま俯くしか出来なかった。

「神子殿」

 トクンと驚きに心臓が跳ね上がる。
 今までと打って変わったように、友雅の声は硬質で冷たい感じがした。

「すまない」
「え?」
「もう君とは出来そうにない……」

 言い残して、友雅は静かに部屋を出て行った。

 呆然とそれをただ見送ることしか出来ない。
 いったい何が起こったのかすらよくわからない。
 触れ合う喜びを教えてもらった肌は、まだぼんやりと熱く、甘やかな余韻を残しているというのに。



「どうして……」

 突然に離れていってしまった友雅の行動を思うと、自分に原因があったとしか、あかねには思えなかった。
 あられもない声を上げてしまったからだろうか。
 彼は可愛い声だね、なんて言ってくれていたが、本当はぎょっとしていたのかもしれない。
 それとも胸が小さいから…。
(あぁ…やっぱりこれかもしれない……)
 あかねのコンプレックスだ。
 そのうち大きくなるから気にしなくていいと優しい笑みを浮かべていたが、内心ではかなりがっかりしたのだろう。ウエストだってくびれが少ないし、友雅が今まで付き合ってきたような(見たことは無いが)ナイスバディな女達にはきっと程遠い。
(あとはムダ毛…)
 京に来てから、無駄毛の処理なんて全く出来ていないので、あちこち生え放題だったのがやはりいけなかった。なんてだらしないと思われた可能性は大きい。
 小さな胸も。
 くびれのない腰も。
 無駄毛も。
 ひとつひとつは許せたのかもしれない。
 でも、きっと3つ揃うと許せなかったのでは―――。
 その可能性に辿りつき、あかねはあまりのやりきれなさに顔を覆った。

「トリプルパンチで呆れちゃったんだ……」

 この夜。
 他の部屋で休んでしまったのか、ふたりの寝室にしようと決めたこの房に、友雅が戻ってくることはなかった。



「刀子……貸してください」

 日が昇ってから、朝餉を運んできてくれた橘家の女房にそう頼んでみると、ひどく強張った表情で「何に使うのか?」と訊ねられた。
 無駄毛処理に使うとは言いにくい。
 ちなみに刀子とは、現代でいうナイフみたいなものである。

「前髪を…切ろうかと思って……伸びてきたから……」

 胸を急に大きくするのは無理だ。一晩中考えて、湯浴みの時にでも自分でマッサージしてみることにした。ウエストも毎日、ツイスト運動をすることに決めた。
 ただ、両方とも効果がすぐに現れるものでないことぐらい、あかねにだってわかっている。
 だからこそ無駄毛ぐらいはすぐに処理しようと思うのだ。
 それなのに、髪削ならば良い日を占ってから、と反対されてしまった。が、そんな悠長なことはしていられない。

「どうしても今、切りたいの!」

 泣き腫らしたギラギラと殺気立った赤い目で、一睡もしていない蒼白で鬼のような形相の、今にも龍神のパワーが炸裂しそうな神子を前にして、それでも否と言えるほど橘家の使用人達は根性があるわけではなかった。
 恐る恐るあかねに刀子を渡し、そそくさと去ってゆく。

「はぁ……」

 力を抜くように溜息をつき、あかねは周囲に人がまだ残っていないかを確認してから、左の袖を肩まで捲り上げた。
 刀子を右手に持つと、腕に当てる。
 真っ先にまずは脇からといきたい所だが、さすがに切れ味を試してからでないと不安だった。なので、腕で試し剃り。どうせ腕も足の毛も剃らなければならないのだ。ツルツルのぴかぴかにしてやる、とあかねは鼻息荒いまま、刀子をねかせ、刃を肌に滑らせた。

「イダッ!!」

 刃先を滑らせたはずが、肌にひっかかり傷を作る。
 切れたところからはわずかに血が滲み出ていた。たいした傷ではないが、小さくとも切り傷というのは結構ピリピリと痛む。
 あかねの世界にあったカミソリとは、雲泥の差の切れ味の悪さに愕然とする。
 これでは凹凸のある脇を剃るなんてことは、現時点では不可能に近い。もちろん馬鹿と鋏は使いよう、阿呆と剃刀は使いようで切れる、などということわざがあるぐらいなのだから、刃物に慣れて上手くあつかえるようになればいいことなのだが、おそらく時間はかかるだろう。

「そんな……」

 このままでは無駄毛処理なんて出来ない。とどのつまり、三重苦からは抜け出せず友雅に抱いてもらえる日が遠のいてしまうということだ。
 あまりの悲しさにあかねは、うわーんと声に出して泣きだしてしまった。

「はやまってはいけないよ」

 切なげに耳元で囁かれ、ようやくそこで友雅に抱きしめられていることを知る。

「と、友雅さん?」

 ただならぬ様子を使用人から報告され、様子を見に来てくれたようだ。友雅の訪れに気が付かないほど、無駄毛処理に集中してしまっていたことが今更ながら恥ずかしい。

「君がこれほど思い詰めてしまうとは思っていなかったんだ……いや、そうじゃない。当たり前だね…あんな風に床を出て行ってしまったら……」

 うっすらと刃傷のある腕を掴まれた。
(あ……)
 どうやら何か誤解をしている。昨夜のことで自殺でもしようとしていると思っているのかもしれない。
 確かにショックではあったが、そこまでのことではない。
 元はといえば、生え放題のまま初夜を迎えてしまったあかねの失態だ。

「ち、違うのっ! わたしの方こそごめんなさい! わたしはムダ―――んんッ」

 無駄毛を処理しようとしただけで、と言おうとした口を、そのまま塞がれてしまう。
 するりと慣れた様子で舌が進入してきて、口内を蹂躙されて。
(あぁん…ともまささ〜ん……なんでこんなにキスが上手なのっ)
 さすがは女の噂が絶えたことないという左近衛府少将である。あっという間に頭の中が真っ白になっていき、あかねはメロメロになりぐったりと友雅に身体をあずけた。

「無駄なんて言わないでおくれ…君の命は…貴女は私にとって、もう無くてはならないひとなのだから。君が私を憎んでいても、もうはなしてはあげられない……」

 友雅が苦しげに眉根を寄せる。これほどまでに辛そうな表情を見るのは初めてだった。

「…すべては私のこんな浅ましい想いのせいだ…きっと、罰を受けてしまったのだね……」
「そんなこと言わないで……」

 原因はこちらにあるのだから。
 時間がかかったとしても、必ず無駄毛は処理をする。胸のマッサージも、ウエストのツイスト運動もちゃんとするから。
 あかねは俯いて唇を噛んだ。
 嫌われたくなくて。傍に居たくて。
 そんな思いが胸の中に渦巻いて、目の奥を熱くさせる。
 涙がこぼれて、床に小さな水玉を作った。

「わ、わたしは友雅さんに触れて欲しいです! 諸々のことは出世払いで許してくださいっ。だから」
「あぁ、なんて優しいのだろうね…こんな時でも…君というひとは……」

 どこか話がかみ合わないような気がするが、強く抱きしめられて、視界がぐるりと変わり、そんな考えも吹き飛んでしまう。

「そうだね…神子殿…愛しているよ…私は貴女を愛してる……」

 そう苦しげに呟いた友雅の言葉に、あかねの心には淋しさが広がった。
(泣いちゃったから、無理をして抱こうとしてくれているのかな…)
 一度そう思い出すと止まらなくなってくる。同情して愛してると言ってくれているのだろうか、と。なのにそれでもいいから一緒に居たいと思ってしまう自分がいて。女慣れした友雅の愛撫に、身体だけはどうしようもなく熱くなってゆく。
 あかねの腰の辺りに友雅の熱いモノがあたったが、昨夜のようなふるえるような喜びは感じない。男は好きな相手じゃなくても出来ると聞いたことがあったから。
 好きな人に抱かれたい。でも、お互いの愛情が伴わないのならばしたくない。そんなふたつの感情が入り乱れて、心と身体がバラバラになってしまいそうで。
(お父さん、お母さん…わたし、どうしたらいいの……)
 浮かんだ涙のためか、ぎゅっとつぶった瞼の向こうが白く光った気がした。
 こんな時、両親だったら相談にのってくれるだろうかと思わずにはいられない。夫になったはずのひとに片思いをしてしまっている、と。

「…っ……」

 低い声で呻き、友雅が床についた腕に力をこめて、また身を起こして離れてゆく。
(やっぱり嫌なんだ……)
 腰に当たっていた熱いモノも硬さを失ってしまったようだ。
 どこかホッと安堵すると同時に、同情ですら抱いてもらえない。その事実に愕然とする。女として失格の烙印を押されてしまったような気がした。

「ともまささん……」
「…………」

 顔をそむけたまま、返事すらもしてくれない。
 あかねの目に、じわりと涙が浮かんだ。
 打ちのめされたように、もう何も考えられなかった。自分自身の存在を否定されてしまったような、今までに無い挫折感。
 今にも溢れそうな涙で友雅の姿が揺らぐ。
 血が流れ続けるような胸の痛さだけが鮮明で、何も言えない。

「神子殿……さすがの私も、もう自信など微塵も消えうせてしまったよ…なぜ君はこの屋敷へ来たの? 本当は私のことなど、ひとかけらも愛していないのに。いや、情深い神子殿のことだ…年甲斐もなく恋に溺れたこの私を哀れにでも思ってくれたのかい? なんて残酷な姫君だろうね……」

 ひどい。
 そう叫びたかったけれど、感情が高ぶり過ぎて上手く口が開かなかった。
 それでも、震えてしまう声を懸命に絞り出す。

「ど…して……そんな…こと……」
「どうして!?」

 今までに見たこと無いような苛ついたような口調と眼差しに、あかねは思わずビクリと身をすくめた。

「私が抱こうとする度に、神子殿、君は龍神の力をぶつけてくるじゃないか! 怨霊にそうしてきた時と同じようにね」

 なにそれ。
 そんなことしていない、という叫び声をあかねは飲み込む。

「どうやらご自分では気づいていらっしゃらなかったようだね……神子殿は心のどこかで私を拒んでいるのだよ……」

 苦しげに顔を歪めている友雅が、嘘をついているとは思えなかった。

「愛しくて憎い姫君…昨夜だけなら、何かの間違いかと思えたかもしれないが。さすがの私も堪えたよ……」

 龍神の力をぶつけた覚えはないが、勝手に溢れた可能性が全く無いとは言い切れない。なにしろ前科がある。友雅と出逢ったときがそうだった。
(待って…落ち着いて。よく考えなきゃ)
 昨夜と今と。
 共通する事柄はないか、と懸命に記憶を掘り起こす。

「あ……」

 思い当たることがひとつ頭に浮かんで、あかねは小さな声をあげた。
 沈み込んでいる友雅をそのままに、すくっと立ち上がると、両手を胸の前で合わせて瞼を閉じ、両親のことや生まれ育った向こうの世界のことを思い浮かべる。
―――シャラン……シャラン……
 微かに鈴の音がした。
 今度はそのままそっと目を開けて、自分自身を観察するように眺めてみる。白い光があかねの身体を覆っている。
(やっぱり)
 昨夜の白い閃光は気のせいではなかった。好きな男を攻撃するはずなんてないが、至近距離でまともに龍神の気を浴びてしまうと、衝撃めいたものがあるのかもしれない。
 きっと勘違いしている。それを説明しなくては―――

「違うの! と、友雅さん、わたしの話を聞いてください。わたしは……友雅さんとこの京が好きです。大好きです。だからわたしは、わたしの育った世界には戻らないつもりです。戻らないつもりですが、戻る力は龍神様から授けてもらっています。その力―――わたし自身、どうすれば発現するのかわからなかったんですけど……昨夜からのことでわかった気がするんです」

 あかねは一呼吸置いてから言った。

「両親を含め、向こうの世界のこと思えば出るんだと思います。だから、強く強く思ったら、帰れるのかもしれません。きっと、大きな力だから……その力を浴びてしまった友雅さんは、怨霊と同じように攻撃されたって感じたのかなって。言い訳かもしれないけれど、わたしには本当にそんなつもりは全然なかった」

 一気に話し終えたあかねを、友雅が驚いたように目を見開いたままみつめている。

「だが……君は。君が……あちらのことに思いを馳せていたことには違わない……私に抱かれながら。本当は、帰りたいのではないのかい……」
「違います! あの時だって…昨日のあの時だって、確かに両親のことは思ったけれど、それは」
「それは?」
「それは……帰りたいとか思ったわけじゃなくて……ただ」

 僅かとはいえ糾弾の色が混じった友雅の視線に、あかねは視線をそらせて俯いた。

「ただ、お父さんとお母さんに…もう会えないかもしれないけれど、幸せになるから許してねって……そう思ってただけです」
「それを……信じていいんだね?」
「信じてくれないんですか!?」

 友雅を睨むように見ると、友雅もまたあかねの本心を探るように瞳を強く見つめ返してくる。

「わかった。信じるよ」

 その言葉に、あかねは顔を輝かせた。

「……私は神子殿のことをわかっているつもりでわかっていなかったのだね……龍神を宿している貴女のことを八葉のひとりとして、君を愛する男として、誰よりもわかっているつもりだったのに……」

 自分を戒めるように手を握り締め、友雅はひどく自省の念に駆られているようだ。

「色々と思い違いをしてすまなかった」
「そんなこと! 自分のことをわかっていないのはわたしだから。京に来たばかりの時だって、力が暴走しちゃって友雅さんに迷惑かけちゃったし。今だって…そうだし……全然、わたし…成長できてなくて」
「そんなことはないよ」
「あるの」
「ないよ」
「あるのっ!」
「ないよ」

 何度かそんなやり取りを繰り返し、ふたりはようやく顔を見合わせて小さく笑う。

「私はてっきり、本当は君に嫌われているのだと思っていたよ…」
「もうっ! そんなことあるわけないでしょ! 嫌いだったら友雅さんのこのお屋敷に来たりしません」

 そうだね、と友雅はバツが悪そうな口元に笑みを浮かべた。

「私の傍にいることがあまりにも苦痛で自刃しようとしているのか、と。……ねぇ神子殿、ならば刀子で何をしようとしていたんだい?」
「そ、それは―――」

 面と向かって問われると、好きな人に無駄毛の処理をしようとして失敗したとは言いにくく。
 けれど訝しむ眼差しには抗い難くて。

「わたしだって友雅さんに嫌われたと思ったんです! あんな状態で急に居なくなっちゃったから、わたしに原因があったんじゃないかって。やっぱり胸がちっちゃいのが駄目だったのかな…スタイルだって良くないし、それに毛深いのがいけなかったのかも…って、思って。だから……」

 これ以上は言わさず、察してくれと言わんばかりに、あかねは羞恥に赤くなってしまった顔を手で覆った。

「そんなこと、君が気にすることはないのに」

 ひどく愛しげに見つめられて、心臓がひとつ大きく跳ね、あかねは思わず息をのむ。
 そう思ってしまったのだからしょうがないじゃない…と、早鐘のように打ち続ける胸を手で押さえながら拗ねたように口を尖らせる。

「ねぇ神子殿?」

 呼びかける声色は砂糖菓子よりも甘くて。
 どうしようもなく胸がドキドキと高鳴って。

「な、なんでしょうか……」
「もう一度、初めからやりなおそう…昨夜からの続きを」

 あかねが返事をする前に、腕をつかまれて引き寄せられ、驚きと戸惑いに小さな声を上げた時には、もう押し倒されている。
 耳元で息を吹き込むようにして「そのままの君を愛しているよ」と囁かれれば、思考は千々に広がって、もう何も考えられなくなってしまう。



*****




 世の中にある物語の中で、愛し合うもの同士が初夜を迎え、ピロートークを始める時、こういう台詞は在りがちなのかもしれない。
 特に女が初めてだった時―――

「すまなかったね…」

 男がバツが悪そうに、女に謝罪する。
 続きといえば、相場としてはこんなところだろうか。

『手加減してあげられなくて』
『夢中になってしまったんだよ』

 よくある話である。
 案の定、友雅もあかねに「すまなかったね」と告げた。

「いいんです…そんな……」

 頬を赤らめて、初々しく恥らうところもお約束かもしれない。
 異なるところといえば、あかねが恥ずかしがりながらも、酷く動揺し、それを懸命に隠しながら、言葉を選んでいるということだろう。

「と、友雅さん…き、気にしないでくださいね。わたしは全然大丈夫ですから。すごく嬉しかったですから……途中まででも。だから…わたしのこと嫌いじゃないなら、またチャレンジしてくださいっ」

 2度あることは3度ある。
 橘友雅、2度の失敗のショックから抜け出せておらず、龍神の力の暴走はなかったにもかかわらず挿入直前で萎えて3度目のチャレンジも失敗。

「本当にすまないねぇ…私もこんな醜態を晒すのは初めてだよ……」

 自分自身に呆れつつ友雅は溜息をつき、力なく垂れ下がる自らの股間を見つめて思わず「どうしたんだい?」と訊かずにはいられない。
 あかねもにじり寄る様に傍まで行くと友雅のソコを覗き込み、

「次こそは頑張ろうね! 私も協力するから」

 そう、ソレに向かって力づけるのだった。



 友雅とあかね。
 結婚はしたももの、現在、未完成婚ばく進中。

 真の夫婦になれるのはいつの日か……




<END>




友雅祭への投稿作品、その4。
自信があって、今まで失敗したことがない人に限って、一度失敗するとその時のイメージが頭に残ってしまい、失敗を繰り返すことがあるようです(笑)
まぁ友雅さんのことだから、そのうち成功するでしょう。

ルナてぃっく別館 / くみ 様