夢現の祈り

=友雅なのに童貞!?=





「・・・・め?」

んん・・・・何?まだ眠いのに・・・

「・・・ひ・・・め?」

夢と現の間を彷徨う私の意識に彼の呼び掛けが響く・・・
まだ眠いのに・・・
戸惑いがちな手が私の肩を静かに叩く・・・
私を現実に引き戻すように・・・

「・・も・・さ・・・ん?」

「・・・姫・・・大丈夫ですか?」

覚醒しつつあった私の意識が突然現実に引き戻された。

「あっ・・・」

ゆっくりと瞼を開いた私の瞳映ったのは・・・友雅さんなんだけど、友雅さんじゃない男の子の姿だった。








私は・・・藤姫ちゃんのお屋敷にある龍神の神子が降臨する・・・というお部屋に閉じこもっていた。 事の起こりは・・・
友雅さんと懇意にしていた橘のお屋敷に仕える女房さん・・・・
里さんのちょっとした意地悪だった。 友雅さんの留守に偶然見付けた古い桐の小箱・・・
それを手に持っていた私を見かけた里さんが私に教えた昔話。
想像も付かないけど・・・彼の淡い初恋の話。
古くから仕えている女中頭の綾さんから聞いたという、聞きたくなかった話をされた私は・・・
気付いた時には橘のお屋敷を飛び出て藤姫ちゃんの処へと向かっていた。
様子の可笑しい私を心配してくれる藤姫ちゃんには悪いと思ったけど・・・
混乱した自身の感情を整理しようと私が異空間から出て来た時に降り立ったこの部屋に篭った。
先程まで扉の前で心配していた藤姫ちゃんは何やらバタバタと去って行った。
静かになったこの部屋で一人考えて・・・・落ち込むばかり。
彼の過去を嫉妬した事が無いといえば、嘘になるけれど・・・
それでも・・・彼の過去を無い物にしたい。と思った事は無い。
でもその余裕は・・・女の人を心から愛せなかった事を知っていたから・・・
きっと心の何処かに有った優越感がそうさせた・・・
脆い見せ掛けの余裕だったのかもしれない。
彼が過去に一度だけ・・本気で愛した、忘れられない女性・・・
その人に対する嫉妬と・・・そんな特別な人には一生掛かっても勝てないのかもしれない
と云う不安に私の心は支配されいた。
今の彼が愛してくれているのは私だけだと・・・信じているけど。
でも、言い知れぬ不安と嫉妬が激流となって私の心を掻き乱していた。
つい持ってきてしまった桐の小箱を抱え・・・聞いた話を思い出しながら泣いていた私は・・・
知らない内に泣き疲れ・・・唐櫃に凭れ掛かるようにして眠ってしまっていた。


「姫?どうなさいました?ご気分でも優れないのですか?」

ココに来る前の事を思い返し呆けていた私に、心配そうに尋ねる友雅殿・・・
そう、私が瞳を覚ました場所は紛れもなく橘のお屋敷。
ただ・・・時間軸が少しズレて居た。
瞳の前に居るのは・・・元服を控えた、少年時の友雅さん・・・

「うぅん・・・ごめんね?なんでも無いの・・・ちょっと考え込んじゃっただけ。」

ココに来てから三日。私が橘のお屋敷にある庭に倒れていたのを見つけてくれたのは彼だった。
彼は倒れていた私を見つけ介抱してくれた。
こんな立派なお屋敷に住んでいるのにいきなり現れた私みたいな不審人物を介抱してくれるなんて・・・
まだ幼くても友雅さんは優しい友雅さんだった。
意識を取り戻し、状況を把握した私はお礼もそこそこについ尋ねてしまった。

『何故・・・私を助けたのか?』と・・・

すると彼ははにかみながら、

『天から召された私の天女だと思ったのです。
 眩いお姿に・・・馨しい薫り・・・身体から放たれる心地良い神気を見れば、
 あなたが怪しい者じゃない事位、すぐに分かりましたよ?』

と相変らずな言葉が返って来た。
でも・・・友雅さんと違う点が、はにかみながら・・・と言う事。
艶めいた言葉を紡ぎながらも、その表情は可愛らしく・・・思わず抱き締めたくなるほどだった。

「ふふ・・・憂い顔のあなたも魅力的ですが、姫には笑顔の方がお似合いですよ?」

今もそんな言葉を頬を染めながら紡いでいる。

「友雅殿・・・私をからかったりしないで下さいっ。
 そんな事より・・・元服の儀は明日なんでしょう?もう準備は出来の?」

そう・・・ココの彼は、明日元服するという。
意識を取り戻し、状況を把握するまでには時間が掛からなかった。
なんせ時空を越えこの世界やってきたのだし・・・
それに比べれば時間軸を越えた事の方が小さな事だし・・・
何より瞳の前に居た友雅さんは友雅さんだったし、
彼のお付きの女房さんは・・・あちらでは私もお世話になっている綾さん。
若かりし綾さんはあちらの綾さんを若くしただけで、相変らず綺麗な人だった。
だからすぐに事態は飲み込めた。でも、時間軸を越えてしまった理由は分らない・・・

「私はもう明日をただ待つばかりの身です。
 まだ眠くないようなら琴の練習・・・もう少し続けましょうか?」

三日前の事を思い出していた私に彼はそう声を掛けると、寄り添い琴の練習を続けようとしていた。

「私は大丈夫だけど・・・友雅殿はそろそろ寝なくていいの?
 綾さんが明日は早くから儀式のお支度があるって言ってたけど・・・」

私が掛けた何気無い言葉に彼の表情が少し曇った。
哀し気な・・・微笑を私に向けながら・・・

「私は大丈夫です・・・
 それに・・・こんな風に過ごせるのは最後だから・・・」

そんな事を呟き、私に琴の練習を続けようと促した。
彼の様子を不思議に思いながらも、促されるまま私は琴の稽古をした・・・
夜が更けるまで・・・彼との時間を楽しみながら。






今日はお屋敷中が友雅殿の元服の儀式の為騒がしかった。
途中忙しい最中、綾さんが何度か私の様子を見に来てくれていた。
本当は私を助けてくれた時、彼も綾さんもすぐに・・・殿・・・
彼のお父様である橘氏に報告して、私の後見をして貰おう。って話になったんだけど、
私は何故かすぐに戻れる予感がしていた。
理由なんて無いけど・・・まぁ神子としての勘って感じかな。
だから結構楽天的に考えていた。
彼はとても心配していて、今日の儀式が終わりお屋敷が落ち着いたら殿に報告するって言ってたけど・・・
まぁそれはその時に考えよう!なんて考えていた。
慌しい空気も落ち着き、屋敷の中心部から雅楽が聞こえてくる。
きっと宴が始まったんだなぁ・・・なんて思っている内に私は・・・ウトウトしてしまったらしい・・・
遠くから流れてくる琵琶の音はきっと彼が奏でている音。
その心地良い音を聞きながら意識が深淵へと落ちていった。




瞳が覚めたのは、小さな物音のせいだった。
御簾を伺うと男の人の影が映っていた・・・

「だっ・・・だれ?」

この離れに私が居るのを知っているのは友雅殿と綾さんしか居ない。
だから誰かが侵入するなんて事を考えていなかった。

「・・・・姫?」

小さな呟きは・・・彼の声だった。

「なんだ、友雅殿?ビックリさせないで下さいよぉ。
 ちょっと待っててくださいね?今灯りを燈しますから・・・」

立ち竦む彼の様子を可笑しいと思いながら、急いで近くにあった灯台に灯りを燈す。
ぼんやりとした灯りに映し出された彼の姿は・・・昨夜までの角髪に水干姿では無く・・・
髪を上げ、冠を被り束帯を身に纏った・・・正装姿だった。
私の友雅さんとは違う・・・まだ着慣れぬその姿は・・・瞳を奪われるには充分な姿で・・・

「ふふふ・・・友雅殿・・・すごくお似合いですよ?
 どうですか?大人になった感想は?」

真っ直ぐに私を見詰める彼に声を掛けても、返事は無かった。
なんだか様子が可笑しい・・・
元服したと言うのに、嬉しそうじゃないし・・・

「友雅・・・殿?」

「昨夜までは・・・そちらに入る事等・・・容易い事だったのに・・・」

「え?」

苦しそうに小さな声で呟く彼の言葉を聞き取れず、
御簾に近付くと今まで見えなかった彼の表情が鮮明に視界に飛び込んで来た。
綺麗な瞳を伏せ、苦しそうな・・・哀しそうな表情の彼は、不謹慎にも私の心をドキドキさせる。

「もう・・・姫と私の間はこの薄く・・・けれど、厚い・・・御簾に阻まれてしまうのですね?」

哀しい視線が私を捕らえる。
その表情に私は何も言葉を発せ無かった。

「・・・・・・。」

「もう・・・私はこの御簾を潜り、姫の元に行く事は許されないのでしょうか?」

「え・・・?どうしたの?いきなり・・・」

「今宵・・・大納言の姫君が私に嫁ぐと言うのです・・・」

「と・・つぐ?」

彼の言葉に・・・自身の耳を疑った。
私が知っている限りでは、友雅さんは結婚した事無いはず・・・
なのに・・・大納言のお姫様が嫁ぐ?
まさか私が時間軸を越えたせいで・・・友雅さんの運命が変わってしまったの?
それとも、ただ似ているだけで時空すら越えてしまっていたの?
言葉を失した私に戸惑う彼が言葉を続けた。

「私は・・・妻に娶るなら・・・姫、あなたが良い。」

「えっ?」

今・・・私を妻にしたいって言った?いや・・・妻になるんだけど・・・
それは今では無い・・・もっと未来の出来事だし・・・
きっといつかは元の時間軸に戻るだろうし・・・
でも、そんな事言っても話にならないよね・・・
そんな思考に捕われた私に心配そうな彼が声を掛ける。

「姫は・・・私の事お嫌いですか?」

「・・・・・。」

彼の言葉に思考が一段と混乱する。
少し先の未来で私は彼の妻となる・・・
でも目の前に居る彼は・・・私の夫となる友雅さんではないわけで・・・
混乱する思考で一生懸命考えるが、当然まともな事なんて浮かび上がらなかった。
不可思議な沈黙が私達を包む・・・
何も言わない私に・・先程よりも硬い声で彼が言葉を続けた。

「・・・そう・・ですよね、姫にとってまだ私は・・・頼りない年若い男に過ぎ無い・・・」

そう呟く彼の声がとても・・・寂し気で・・・
つい反射的に御簾を上げ、彼の前に向かい合うように佇んだ。

「そんな事っ・・・無いです。」

「・・・・・・。」

彼は少し苦しそうな表情で瞳を伏せたまま私を見ようとしなかった。

「・・・私が・・・あなたの事を・・・嫌いだと思うはず・・・無いもの。」

「ひ・・・め?」

私の言葉を聞いて不思議そうに顔を上げた彼と・・・視線が絡む。
その眼差しは・・・見間違えるはずの無い、彼のそれだった。
揺れる瞳は微かに濡れているように見える。
独特な色香を漂わせた彼の視線を受け止めながら・・・彼の頬に手を添え・・・

「私は・・・友雅殿の事・・・好きですよ?」

小さな声で囁き、唇へ触れるだけのキスを贈る。

「姫・・・・」

驚いた表情で私を呼び、次の瞬間・・・私の身体を掻き懐くように抱き締めた。

「あっ・・・」

「良かった・・・あなたに・・・嫌われていたらどうしようかと・・・
 本当ですか?・・・姫。」

嬉しそうな、それでいて何処か不安を帯びた声で私に尋ねる彼を愛おしく感じ
彼の背中に腕を廻し力を込める。

「私・・・嘘なんて吐きませんよ?」

そう小さく呟くと、抱き締められている腕に力が篭る。

「分っています・・・だけど・・・」

そこまで言うと私の身体を抱き上げ御簾を潜った。

「あなたを・・・・愛しています。だから・・・」

触れそうな程の距離で囁かれる彼の告白・・・
言葉を失い見詰めるだけの私の唇に・・・甘く温かいキスを落とされた。
その感触は・・・私の友雅さんのそれとは少しだけ違う、友雅さんだった。
うぅん・・・感触そのものは知っているのに・・・その様子があまりにもたどたどしい物だったから・・・
遠慮がちに啄ばむようなキスを落としながら・・・私の腰の辺りを彼の手が彷徨う・・・
まるで行き場所を見失った迷子のように・・・
その手に気付いた私はそっとその上に自分の手を重ねた。

「ひ・・・め君・・・?」

私の行動に不安気な声を掛けてきた彼ににっこり微笑み掛けた。

「大丈夫・・・だよ?」

そう言って私から先程より深めのキスを仕掛ける。
ビクンと反応した彼の体に手を廻し、少しだけキツク抱き締めると戸惑いながらもそれに答えてくれた。
いつもは彼に翻弄されるばかりの行為だけど・・・今は私の行動が彼を翻弄している・・・
そんな事にさえ、ちょっとした快感を覚えた。
彼の口腔内で絡み合った舌が奏でる淫靡な音だけが、室内に小さく響いてる。
響くその音は私の羞恥よりも・・・悪戯心を煽っていく。
私が彼を愛そうと・・・いつも彼が仕掛けてくる愛撫を思い出しながら胸元に手を滑らした。

「っ!」

合わせた唇から直接彼の動揺が伝わる。
そして・・・キスをしたまま強引に彼の身体を押し倒した。
驚いている彼の唇から・・・
顎・・・首筋・・・鎖骨へとキスを降らせる。

「姫っ・・・」

彼の呼びかけを無視するように滑らす唇を下降させていく。
袴の結びに手を掛けた時・・・行為を止める事を諦めたのか、彼も私の着物に手を掛けた。
遠慮がちに滑らす手が私に愛おしさを込み上げさせる。
私が袴の中ですで主張している物に手を掛けると・・・彼の身体が大きく震えた。
そんな彼の様子を見ようと視線を動かすと揺れ動く彼の視線と絡まった。
頬を赤らめた彼に『大丈夫・・・』そう伝える為微笑み・・・そしてそのまま目の前にある彼を口腔内へと誘った。

「んっ・・・」

彼が漏らした小さな声が私の欲望を駆り立てる。

いつもの彼は・・・涼しい顔で私を激しく翻弄する意地の悪い・・・でも大好きな人。
目の前の彼は・・・彼なのに私の行為に恥らう可愛い・・・愛おしい人。

口腔内でどんどん彼が張り詰めていくのを感じていると、彼はそっと私の身体を押しやり体勢を入れ替えてきた。

「きゃっ・・・」

彼の行動に気付いていなかった私は、視界が一気に回転した事に驚き声を上げた。

「・・・・・。」

私を押し倒したまま彼の視線は私の顔に注がれていた。
不思議に思い私も彼をじっと見詰め返すと・・・少し頬を染め口を開いた。

「良かった・・・」

「何が・・・良かったの?」

彼の言葉が理解出来ない私は問い返す。

「ふふ・・・あまりに大胆な事を為さるから、私の姫では無いのかと不安になってしまいました。
 いつもは無邪気にさえ見えるあなたなのに・・・やはりあなたは大人の女性なのですね?」

彼の言葉に頬が熱くなる・・・

「でも・・・私も大人になった・・・私にもあなたを・・・」

そこまで言って彼は・・・顔を私の肩に埋めた。

「・・・・・て・・・」

「えっ・・・?」

小さな声で呟いた彼の声が聞き取れず声を上げると少し身じろぎ耳元で囁いた。

『私にもあなたを・・・愛させてください・・・』

そう言って私の身体に・・・優しく柔らかな愛撫を施し始めた。
すでに彼を欲していた私は乱れる吐息で彼を強請る。
彼はそんな猥らな私のお願いを受け入れてくれた。
ゆっくりと・・・慎重に入っては出ていく彼を感じながら・・・彼へと手を差し伸べる。
これはいつも私がしてしまう癖・・・
正気を手離しそうになる瞬間感じる不安を彼に取り去って貰いたいから・・・
すると彼は・・・いつものように・・・私の友雅さんがいつもするように手を絡め指先にキスを落としてくれた。
彼の唇を指先に感じながら・・・私は意識を手離した。






トントン・・・・

「う・・・う・・んっ?」

トントントン・・・

「なぁに・・・うる・・さい・・・」

戸を叩く音に意識が少しずつ覚醒させられる。

「姫君・・・・そろそろ出て来てはくれまいか?藤姫も心配しておられるよ・・・」

ここは・・・あれ?藤姫ちゃんのお屋敷の部屋だよね?

「頼むよ、姫君・・・出て来ておくれ・・・」

友雅さんらしくない弱気な声で繰り返される呼び掛けに段々と状況を把握する。
この部屋に篭って・・・寝ちゃった私が気付いたのは『過去の友雅さん』の所だった・・・
そして、そこで・・・若かりし友雅さんと逢って・・・あれ?私帰ってきてる・・・

「まさか姫君・・・今夜はこちらで夜を過ごす等と思ってないよね?」

今夜?って事は何日も経ってないって事?
・・・夢だった・・・のかな?
そうは思っても先程まで感じていた彼の温もりが夢だったとは思えない。

「姫君・・・」

私は目の前に転がってしまった友雅さんの大事な桐の小箱を拾い部屋の戸を開けた。
そこには・・・心配そうに立っている友雅さんと藤姫ちゃんが居た。

「神子様っ!」

涙を浮かべた藤姫ちゃんがすぐに私に抱き付いて来た。
彼女らしくないその行動に心配を掛けてしまった事を理解した。
そしてその隣に佇む友雅さんを見上げると、困ったような・・・それでいて安心したような表情をしている。

「心配掛けて・・・ごめんなさい・・・・」

二人に謝った私に藤姫ちゃんは顔を上げ、

「神子様が謝る必要は御座いませんわっ!少将殿が原因だという事は綾殿からお聞きしました。
 帰りたくないと神子様がお思いなら、このお屋敷にお留まり下さいませ。」

真剣な表情で私を見詰める。
そんな藤姫ちゃんの様子を苦笑いしながら彼はそっと私の肩に手を掛け言った。

「藤姫・・・誤解なのだよ?話せば姫君も分かってくれる事だと・・・私は信じているんだが・・・」

微笑みそう言う彼に藤姫ちゃんは涙目でキッと睨み付けた。
その彼女を宥めるように彼は言葉を続ける。

「それにね・・・夫婦の問題というものは、他人が入り込むと余計に拗れる物・・・
 まだ君には分からないだろうがね?」

少し意地悪そうに言う彼を悔しそうに睨み続ける藤姫ちゃん・・・
何気に寄ると言い争いを始める二人・・・
これ以上険悪になって欲しくない私は藤姫ちゃんに明日また来ると約束して土御門のお屋敷を後にした。




橘のお屋敷に向かう牛車の中・・・私達は何も言葉を交わす事は無かった。
何も言わない彼に私も何を言って良いのか分からなかったから・・・
お屋敷に着くと彼は私を部屋では無く・・・庭の奥まった広場に連れて来た。

「私の初恋はね・・・ここに舞い降りた天女だったのだよ?」

「えっ?」

いきなり話し始めた彼に驚いたのも有ったけど・・・その話の内容に私は驚いた。
だってその話の内容は・・・私がさっき体験してきた事と同じだったから・・・
ここに突如現れた姫・・・
そして・・・たった一夜の契りを交わし消えてしまったと・・・
彼は懐かしそうに・・・そして少しだけ淋しそうに私に話してくれた。

「そう・・・だったんだ?」

でも・・・もし、その『姫』が私だったとし・・・この桐の小箱には何が入っているんだろう?
不思議に思った私は彼に・・・持ち出してしまった小箱を渡した。

「あぁ・・・これが原因だったね、この騒動は・・・」

懐かしそうな眼差しを湛え受け取った小箱を開けるとそこには・・・

「・・・匂い袋?」

「そう・・・消えた彼女が私の元へ残した唯一の品・・・」

古い匂い袋からは仄かな侍従の薫り・・・良く見るとそれは・・・少し前に彼から貰った物と似ていた。
そう思い、いつも胸元へ忍ばせている匂い袋を探すと・・・私の匂い袋は消えている。
もしかして・・・仮説が浮かんだ私に彼は言葉を続けた。

「私が侍従の香を好むのは彼女が原因だと言ったら、君をまた怒らせてしまうかな?」

「っ!・・・侍従の薫りは・・・彼女との思い出・・・なの?」

「そうだね・・・君に出会うずっと前の事だけど・・・ただ一人忘れられない姫君との思い出だから。
 こんな不実な私を・・・君は嫌いになってしまうかな?」

不安に揺れる瞳で見詰める彼に・・・私は抱きつき首を横に振った。

「うぅん・・・怒ったりなんて・・・ましてや、嫌いになったりなんて・・・しないもんっ!」

「そう?・・・・良かった。」

そう囁き抱きしめ返してくる彼に私も囁き返す。

「・・・私が・・・あなたの事を・・・嫌いだと思うはず・・・無いもの。」

「・・・・君の温もりは本当に私を安心させる・・・彼女の事は今はただの良い思い出・・・
 こんな私を許してくれると言うならもっと・・・私に君の温もりを分けて貰えないかな?私の可愛い姫君?」

そう言って私を抱き上げると寝所へと向かうべく歩き出した。
彼の腕の中に身体を預け・・・この不思議な体験を嬉しく思った。

話を聞いて悩んで・・・嫉妬した相手が自分自身だと言う事が幸せだと思った・・・
可愛い彼も・・・今私を抱きしめてくれる彼も・・・私が愛した友雅さん・・・
淡い思い出も共有出来るなんて・・・でも、これは私だけの内緒の出来事にしておこう。
だって・・・本当の事を話して、あの頃のあなたは可愛かった。なんて伝えたら・・・
きっと彼は私にもっともっと意地悪するもん。
そんな事を考え、いつも通りの温もりを感じながら彼の唇にキスをする。
すると微笑み彼も私にキスを落としてくれた。

そして私は今夜も彼の温もりを感じながら・・・・・・・





ごめんなさいっ!!なんだか微妙にパラレル風・・・(汗)
ちと、大人な友さんで童貞は私の中で無理が有りました。
というか、初々しい友さんも私のものよっ!
という自身の中の独占欲に負けた(ガクリ・苦笑)
色々悩んだりもしましたが、楽しく書けました♪
この企画をも催して下さった主催者の方々に感謝しつつ・・・
脱兎させて頂きます(瀧汗っ)
☆海里☆
2006.6.1
Pandora / 海里 様